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本棚に追加霧島の場合③
「楓さん」
休憩室から聞こえた声に思わず手に持っていた煙草をへし折ってしまった。喫煙室を通り過ぎて丁度死角になる場所から休憩室の中を覗くと案の定そこには春夏冬と新入社員の五十嵐岳の姿があった。
「会社の近くに珍しい日本酒の銘柄出してる店見つけたんです。今日どうですか?」
「いいね、五十嵐くんのすすめてくれるお酒間違いないもんね。あ、でも今日は予定があって」
「また役員連中との会食ですか?」
「えーっと、そう、かも。いや、そう。そうなんだよ」
「怪しいなア。何ですか今の間」
会話しながらドンドン距離の近付いていく二人に今度は手に持っていたスマートフォンがミシリと悲鳴を上げた。生憎だが今日の春夏冬の予定は俺が押さえている。
ゆっくりと休憩室から距離を取り、目的地を喫煙室から人気のないC棟へ変更する。そうして歩きながら春夏冬の端末を呼び出した。
『もしもし?』
「C棟資料室」
『……今からですか?』
「今すぐお前の唇に噛み付いて舌を吸いたい」
『ッ、ここをどこだと思ってるんですか』
春夏冬は変態なので直接的な言葉に弱い。今だってこの言葉一つで腹の奥を疼かせたに違いない。
今となっては春夏冬の身体のどこをどうすれば善がるか手に取るようにわかるが、肝心の心だけは何一つとしてわからない。
「早くしろ。待てない」
『、承知しました』
まるで仕事の電話の一つかのように切れた通話に溜息を吐く。
五十嵐岳が春夏冬を見る目が俺と同じだということには直ぐに気付いた。だが、全ては転がる石のように。
何かの間違いが起きて五十嵐が他の会社に行けばいいという俺の願いは叶わず、経った一月でこの状況である。
誰にも奪われたくないし、渡す気もない。だが春夏冬に優しくも出来ない。
「……殺すか」
物騒な独り言は誰に届くわけでもなく空気に溶けた。半分冗談で半分本気。脳内で完全犯罪の計画を立てるが相手が相手だ。この四年、春夏冬に近付く輩を力技で捩じ伏せてきたが、五十嵐の場合は一筋縄ではいかなそうだ。というか五十嵐岳、俺も人のことを言える立場ではないがあいつはあまり良くない。
偶に顔を出す所謂ゲイバー、そこのマスターの仲介で五十嵐と同じ大学出身の人間と話す機会があった。幸か不幸か随分と口の軽い奴だった。少し甘い顔をしてやれば五十嵐の大学での評判、それから性癖に至るまで何でも話してくれた。
五十嵐岳、両刀で女も男も取っ替え引っ替え。まあこれは想像通り。気になったのは夜の話だ。『内緒だけどさァ、あいつ縛ったりとか、そんなの好きみたい何だよね。相当なドSらしいしあいつが満足するまで付き合うの大変だって』とのことだ。他人の趣味にとやかく言う気はないが春夏冬を緊縛プレイの餌食にする気はない。……まあ似合わんこともないだろうが。
結局のところ同族嫌悪だ。好みのタイプまでも同じとは笑えない。
息を切らした春夏冬が資料室の扉を開けると同時に中へ引き摺り込み、棚に押し付けて噛み付くように口付けた。
「……苦い。ここ禁煙ですよ」
「嫌いじゃないだろ」
「ン、」
昼休みにエロいキスするためだけに呼び付ける、その意味に何故コイツは気付かないのだろうか。考えていたらイライラしてきた。序でにムラムラもしている。
「チッ、うぜェ」
「いだだだ!頰抓らないで下さいよ!」
「ムカつくんだよテメーは」
こいつの澄ました顔を見ると俺は正気でいられなくなる。そして気付いたら手が出ている。
「……霧島さんって、Sなんですか?」
「あ?」
「いや、人が痛がるのを見るの好き、とか?」
人が、つーかお前の顔が歪むのが好きなだけだが。とは、勿論言わない。言わない代わりに薄い耳朶に狙いを定めて噛み付いてやる。血が出るほどではない。だが突然の俺の凶行に春夏冬はわかりやすくビクついて俺の腕から逃げようとした。
「ドがつくSだっつの。まだわからねェのか?なら解るまで身体に覚えさせてやろうか」
俺の言葉に春夏冬の目尻に紅が差し、涼しげな目許がどろりと蕩けた。
後ろ手に資料室の鍵を締めたらそれが始まりの合図。あんまりムカついたからネクタイで春夏冬のチンコの根本縛ってドライでイくまで許してやらなかった。
結局俺は五十嵐と同じ穴の狢。だから余計に心配なんだ。
だって春夏冬は、ドがつくMだから。

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