飛鼠と歌姫と私の世界

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 師匠の曲は、また恋だ。  君に会えて良かった、運命に違いない。  どれだけ世界が不幸になろうとも、気づかないほどの恋だと。 「これを歌うのか」  歌ってみたを上げるのは恒例だ。  最近では師匠のファンが私を称賛してくれる。  温かく見守ってくれる。  カラオケに行って個室に入る。  歌をいくつか歌って喉を鳴らすと、スマホから師匠の曲を流す。 「私、歌えるかな」  息を大きく吸う。  師匠、恋してるんですか?  それは歌にしたいほど楽しいものですか?  私には分からない。  空気が震える。  弱々しい私の歌声。 「すべての向こうで、君と笑い合う未来。世界が傷ついても、気づかない二人のまま」  音が途切れる。  ぷつんと糸が切れたようだった。  胸がぎゅっと苦しくなる。 「気に入らない運命を見ないふりで、わがままに生きていこう」  息が持たない。  師匠がどんどん遠くへ行く気がした。  ファンは増え続けている。  私だけが遠い。  私だけが違う。  録音を終えてカラオケを出る。  初めて自分の歌声を確認しないまま、ネット上に歌ってみたを投稿した。  
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