6話 藤棚

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 朝日が昇る。まだまだ寒いと思っていたのに、最近は日の出が早くなり、六時前にはもう明るくなっている。  私は寝間着のまま玄関に新聞を取りにいく。ドアを開けると起きたばかりの顔に冷たく心地よい空気が触れる。もう冬のような刺す感じではない。空は雲一つない晴天だ。私はひとつ息を吐いて家の中に入っていった。  同じ時間に起きていたばあさんは、台所で朝食を作っている。最近はご飯と味噌汁、納豆に副菜と、しっかり食べるようにしていた。そして味噌のいい匂いが漂ってきた所で私も台所に行き、お皿をテーブルに並べるのを手伝うのだった。  並べ終わっても、食べる前に仏壇にお線香をあげて手を合わせるのが毎日の習慣だ。最近のお線香はすぐに火が付く割に燃えることがない。昔はお線香を振ったり手で煽って炎を消したものだが、今はすぐに香炉に供えられる。  二人とも手を合わせたら、ばあさんは飼い猫を呼んでご飯をあげ、私はテレビを点けて先に座布団に座って待つ。そしてばあさんが座ってから一緒に「いただきます」と手を合わせて朝食を摂るのだった。ニュースは野球選手の特集を映している。毎日のように記録が塗り替えられているため、この選手を見ない日はないと言ってもいいぐらいだ。ふと視線を下すと同じ部屋で食べていた猫が、いつの間にかどこかにいって姿が見えなかった。  ニュースの天気予報では今日は一日天気がいいらしい。ばあさんの庭いじりも一段落していたし、久しぶりに出かけようかと声をかける。ばあさんはいつもニコニコしているが、私の言葉に花が咲いたような明るい笑顔で頷いた。  ばあさんは花が好きだ。よく庭でも育てているし、テレビなどで花が映れば嬉しそうに名前を教えてくる。そのため季節の花が咲くころには二人で色んな花を見に出かけるようになっていた。  私たちがよく行く公園には電車とバスで向かう。比較的空いている車内で私たちは並んで座り、同じ車窓を眺めて到着を待った。長い移動を終えた私たちは、目的の公園へと入っていく。春の半ばなので園内には色々な花が咲いている。ここはバラも有名だが、さすがに時期が早くまだ咲いていなかった。代わりにツツジが歩道に沿って咲き、マリーゴールドが可愛い黄色の花で出迎えてくれた。私たちはのんびりと並んで歩き、色とりどりの花を楽しんだ。私は時折足を止めては花の写真を撮っていく。ばあさんの影響で私も多少は植物に詳しくなり、同じように花が好きになっていた。  そして今日の目的である藤棚に着くと、ばあさんの笑顔も一層大きくなった。ちょうど見頃になった藤は房がたくさん垂れていて、少し屈む形になりながら私たちは紫の中へと入っていった。中では穂先が風に流されて涼しげになびいている。そんな様子をしばらく楽しんだ後、二人のツーショット写真を若いカップルに撮ってもらった。いつもなら知らない人との会話は煩わしいものだが、こういう時はお互いに笑顔だからか嬉しく感じる。  そして歩き疲れた私たちは、ベンチに座ってお昼ご飯を食べることにした。コンビニのおにぎりでも外で食べればそれなりに感じる。私たちはいいタイミングで藤を見れたと喜び、今度は何を見に何処へ行こうかと話すのだった。一緒に楽しめる喜びを感じながら。 第6話  完
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