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六日一殺
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「善人はなかなかいない」
~フラナリー・オコナー~
恨み、妬み、嫉み、怒り、恐怖、義務、欲、女、男、快楽、猟奇、
今日も何かの理由で、いや理由がなくても
誰かが誰かを殺している。
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「チッ」
と女は舌打ちをした。
それは電車内に響いた。
と言っても電車内は多少混雑はしていたが、
誰も気にはしない。
皆、俯き、スマホを見つめ、
イヤホンをしている者もいる。
男は女の隣に座っていた。
男は用事がない限りはスマホを見ることはしない。
帰宅の時、車内では自宅がある最寄り駅までは、眠くなくても、目を瞑っていることにしている。
突然、
「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!」
と聞こえた。
隣の女が聞こえるか聞こえないかの声で唸るようにズっと言っている。
男はうっすら目を開け、
相手に気づかれないくらいに自分の目を
隣に向けた。
女はスマホを見つめ、一心不乱に画面をタップし連打している。
『オンラインゲームか』
男はそう思い、また目を閉じた。
女と男は同じ駅で降りる。
男は最近ここに引越してきた。
帰社時間がちょうど合うのか、
帰りの電車をホームで待って並んでるいる時も、男とその女はどちらかが、男の前か、後ろか、という具合だ。
だから、電車が入線しドアが開くと自然と各々座る席が決まっている。
もちろんその女だけとは限らない。
男の目の前に座っている初老のサラリーマンもずっと同じメンツだ。
しかし、今日に限って女は舌打ちをし、
「クソッ!クソッ!」と
低い声で唸りながらゲームをしている。
『よっぽどイヤなことでもあったんだろ、分からなくはない』
男はそう思った。男は30代の独身サラリーマンで、
女は見たところ20代後半のOLに見える。
しばらくして駅に着いた。男も女も立ち上がり、電車を降りた。
都心から電車で1時間ほどのベッドタウン。
男も女も住宅地が広がる駅の北口に出る。コンビニを過ぎたあたりで
女は左に折れ、男は右に折れ、帰宅する。
いつもと変わらない。
それから、次の日、
男が住む街の隣街で若い女が何者かに殺害された。
死後、2日ほど経過している模様。
詳細はまだ分からないが、
死体が発見されたのが交際していた男の部屋で、男は行方不明。
というネットニュースを男は見た。
『もしかして、あの女かな、』
男は瞬間そう思った。そんな訳ないよな、隣街の話だ。
もちろん、その日、女は変わらず現れた。
女は男の前に並んで電車を待っている。
電車が入線すると、二人とも、車内に入っていつもようにいつもの席に着いた。
女は相変わらず
舌打ちをし、
「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!」
と唸りながらゲームをしている。
最初は不気味と感じた男も気にしなくなっていた。
しかしその日、
女はいつも降りる駅の、
その前の駅で降りた。
そして次の日も。
男は少し気になった。
背徳感を感じながらも
女が降りる駅に気づかれないよう一緒に降りた。
女の後を追った。
女はずっとイヤホンをして
スマホ見ながら歩いている。
気づかれるわけがない。
男もいつの間にか大胆になり、女の後ろ、2メートルくらいのところまで近づいた。
賑やかな駅前を通り過ぎると辺りはうすぼんやりとした街頭が
ようやく照らしているくらいの人気のない、侘しい雰囲気の住宅街だった。
この街もどこの街とも代わり映えのしない街だった。
女は住宅街を通り過ぎ、なおもスタスタ歩き続ける。
男は少し不思議に思ったのと、次第に疲れてきた。
かれこれ20分くらいは歩いている。
次第に車がせわしく走る音が聞こえてきた。
すると
環状線が見えてきた。
普通車に混じってトラック、ダンプカーなどの大型車が
轟音をたてて凄まじい勢いで走っている。
女は止まった。
そこには環状線の向こう側に向かうための信号があった。
押しボタン式の信号で、
女は慣れた手つきでボタンを押した。
男は疲れたし、自分の行為が恥ずかしくなった。
いい加減引き返そうかと思った、
その時、信号が青に変わった。
女は歩き出した。
男も吸い寄せられるように後を追った。
すると、
けたたましくクラクションが鳴った。
男はハッとした。
トラックが急ブレーキを踏んだ。
アスファルトを擦り切るような、
まるで悲鳴のような音が辺りをつんざいた。
男は瞬時に後ろへ引っ込んで、尻もちをついた。
信号機の辺りでへたり込んだ。
トラックは気をつけろ!と言わんばかりにクラクションを何度も鳴らしながら、物凄い勢いで走って行った。
信号は赤だった。
女の姿は
見えなかった。
男はしばらく呆然として歩道側に座り込んでいた。
もう少しで轢かれるところだった。
脂汗がどっと吹き出した。
男は、少し落ち着くと、立ち上がった。
そして、環状線の向こう側を見て見た。
行き交う車の合間から目を凝らして見たが
女の姿はどこにもなかった。
男は踵を返して元きた道を戻ろうとした。
すると、
ピコン!
という音がした。
男のスマホにDMが来た。
男はスマホを上着の胸ポケットから取り出した。
そして画面をタップした。
男は送られて来たDMを見ると声が出なかった。
もう一度、環状線の向こう側を見た。
車が激しく環状線を通り過ぎる。
やはり女の姿はない。
見たくはないがもう一度スマホの画面を見た。
「クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!クソッ!もう少しだったのに!」
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六日一殺、終。
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