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三日一殺
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「善人はなかなかいない」
~フラナリー・オコナー~
恨み、妬み、嫉み、怒り、恐怖、義務、欲、女、男、快楽、猟奇、
今日も何かの理由で、いや理由がなくても
誰かが誰かを殺している。
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女は少年を見た。
少年は12歳くらいで顔立ちが美しく色白で黒髪が輝いていた。
普通の少年と違うところは、
少年は色眼鏡をかけ、白い杖をついていた。
目が見えないのね…、
どうしてこんなところに、それに一人で…、
少年は初めて来た場所のようで心許ない感じに見えた。
女は近づき、少年に話しかけた。
「どうかしました?」
少年は声の方に顔を向けると
「はい、『寿の里』ってご存知ですか?」
偶然にもそこは女の職場だった。
『寿の里』は富裕層相手の老人ホームで立地と環境の良さで人気の施設だ。
この田舎町にも雇用を産んでくれる。
女はヘルパーの資格を取る勉強をしながらパートで働いていた。
「わたしの職場なの、お知り合いがいるの?」
「いいえ、ぼくはそこのお年寄りたちに今日、講演をするんです」
「まぁ、ずいぶんすごいのね!でも今日そんなプログラムがあったかな?」
「急に決まったんです」
「そうなのね、でも、誰も迎えに来ないなんて、ずいぶんと失礼な話ね。ゴメンナサイ。わたしが送りますね」
少年は安堵した表情でうなずき、女は少年の腕を優しく取り、ゆっくりと歩き出した。
少年と女はすぐに打ち解け、世間話をしながら歩いていていた。少年はゆずるという名前だった。自分の目が不自由になりながらも、自分の生き方や処世術を時に真剣に、時にユーモアを交えながらyoutubeにUPしているとたちまち登録者数が上がり人気ユーチューバーになった。女はまったく知らなかったが、スマホで検索するとかなり上位に出てきた。
「あら、有名人なのね、ごめんね、わたしこういう事に疎うとくって」
「いいんです。それにそんな有名人ではないですし、」ゆずるはそう言って少し照れた。
「それで『寿の里』から講演のオファーが来たの?」
「はい、一昨日オファーがあって、僕は呼ばれれば、時間が空くかぎり出掛けるようにしています」
一昨日は調度、女はシフト上休みだった。
しばらく歩くと『寿の里』に到着した。ロビーを抜け、女と少年は事務所に向かった。所長は二人を見るとすぐに少年に近寄った。
「いや、ゆずるさん、突然お呼びだてしてすいません。連絡をくれれば車を出しましたのに!」
「いや、僕は普通の交通機関を使って、歩いて移動するのが好きですから」
女はゆずると偶然会ったことを所長に話しつつ今日の仕事の軽い打ち合わせを済ませると着替えるためにロッカールームに向かった。ゆずるとは、お互い慣れた大人びた感じの挨拶をして別れた。
多目的室に通されゆずるはそこで講演をした。講演といっても興味のあるお年寄りを集め、会話形式のリラックスした井戸端会議のようなおしゃべりの場だった。なごやかに、そして楽しく会は催され、惜しまれながら終わった。少年を残して老人たちは、部屋を出て行った。
所長がやって来た。
「ゆずるさん、ありがとうございました。みなさん大変喜んでおられました!」
「はい、僕もみなさんからたくさんの元気をいただきました」
「これはわたしからです」と言って所長は謝礼を渡した。
「ありがとうございます」と言ってゆずるは受け取った。
そしてゆずるはそろそろ帰宅すると言って席を立った。所長が最後まで送り届けようとしたが、途中であるスタッフに呼び止められ、今すぐ来て欲しいと言われた。所長はここまでで、大変申し訳ないと謝った。
「僕は大丈夫です。一度通ったところはすぐに道順を憶えられるので」
その時ちょうど、女がロビーに向かうところだった。所長は彼女を呼び止め、ゆずるをまた、送ってくれないかと頼んだ。女は了解した。
「ところでその大きなキャリーケースはどうした?」と所長。
「ええ、今日退所される松本さんの荷物なんですが、部屋に置いたままだったんです」
「こんな大きな物を?ところで松本さんは?」
「さきほど息子さんがいらして、とっくにご自宅に帰りました…、」
「そうか、ご挨拶をもう一度したかったのになぁ…、」
「『所長さんには大変お世話になりました』とおっしゃってましたよ、でもまた息子さんと一緒に暮らすことが嬉しそうで!」
「そうだよね、いくら最新の設備や優れたヘルパーさんがいてもね優しい息子さんやかわいいお孫さんに囲まれて暮らしたほうが幸せだよ」
「あら、ゆずるさん、お帰り?わたしでよければまたお送りしますね」
ゆずるはうなずいた。女はまた優しくゆずるの腕を取った。
「すいませんね、僕は大丈夫なんですが…、」
女はもう片方の手で大きなキャリーケースをゴロゴロと引きずった。
しばらく来た道をまた二人でのんびりと歩いていた。
天気も良くのどかな田舎の風景がどこまでも続いていた。
二人の他は人っ子一人いない。車もめったに通らない。
心地いい風も優しく吹いている。
「いい気持ちねぇ、」
と、女は突然、ギュッとゆずるの腕を強く掴んで自分の方に引っ張った。
「オマエッ!、ホントは見えてるんダロッ!!」と女は言った。
「オマエ、さっき人殺したろ、最初に会った時だ」とゆずるは言った。
二人は歩いたまま話し続けた。
「やっぱり見られてたか、あそこなら殺すのにちょうどいいところだし、めったに人も来ねェのに」
「俺はホントに見えない、お前は血のニオイがプンプンする。目が見えない分、他の感覚が敏感なんだよ」
「オマエのリュック、来た時より大分膨らんでないか?それにそのトートバッグはなんだ?」と女。
「謝礼だ」とゆずる。
「クスリか」と女。
『寿の里』はヘロイン、コカイン、合成麻薬、オピオイド系などのあらゆるドラッグの集積場所になっている。入所している老人たちの中にはドラッグディーラーが何人も紛れ込み、その配下の手下たちが手に入れたドラッグを一旦、『寿の里』に集める。その仲介役が所長だ。youtubeのコメント欄に隠語でゆずるに合図をする。ゆずるは了解の返事をし、『寿の里』に訪れ、ドラッグを金と交換し、さらにそれらをさばく。
「初めて来たが、ここは上出来の場所だな、警察も気付きはしない」とゆずる。
「この界隈にそんな場所があるらしいと噂はあったけどな」と女は掴んだ腕を緩めず言い続けた。
「そのまま知らないフリをして別れてもよかったんじゃないのか?」とゆずる。
「オマエのyoutubeのコメント欄の所長のハンドルネームな、あたしのシゴトにも使うハンドルネームなんだよ」と女。
「オマエのシゴトは殺しか」とゆずる。
「あそこに潜り込んで1ヶ月、今日殺やった。あたしは依頼人に顔をさらす事はしない。殺す相手が何をしているのか、知らないし、知りたくもない」と女。
「多分、ドラッグディーラーだろ。ヘマをしたか、欲を出してムチャぶりを要求したか、まぁ、邪魔になったってわけだろ、その『松本さん』ってヤツ」とゆずる。
「あたしはオマエの仕事に干渉はしない」と女。
「俺もだ」
二人が初めて会った場所に着いた。
女は大きなキャリーケースをゴロゴロいわせて、死体のある場所に向かった。
女はそのキャリーケースに死体を手際よく入れた。
少年はその行為をジッと見つめていた。そして踵を返すと歩いて行って見えなくなった。
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女は少しゾッとしながら思った。
『やっぱり、ホントは見えてるんじゃないのか?』
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ゆずるは歩きながら少しゾッとしながら思った。
『最初に俺の腕を優しく取った時、尋常じゃない手のひらの硬さだったな』
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三日一殺、終。
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