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五日一殺
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「善人はなかなかいない」
~フラナリー・オコナー~
恨み、妬み、嫉み、怒り、恐怖、義務、欲、女、男、快楽、猟奇、
今日も何かの理由で、いや理由がなくても
誰かが誰かを殺している。
……………………………………………………
我々が暗闇を覗いている時、
暗闇もまたこちら側を覗いているのだ。
~フリードリヒ・ニーチェ~
これは、そんな話 ーーーーーーーーーー
男は落とし物を交番に届けようとした。
午前0時を過ぎた頃、男は住宅街にポツンとある交番に向かった。
そのあたりは閑静な住宅街で、昼間もひっそりとしているが
夜になると人気がまったくなくなる。
この交番だけが、ぼんやりと暗闇に浮かんで見える。
まるで篝火かがりびのようだ。
男はよく、初老の巡査を見かけた。
しかしこの時間なら夜の巡回で居ない場合も多い。
男はぼんやりとした明かりに近づいて、交番の中に入ってみた。
誰も居なかった。
『巡回だな』
男はそう思った。が、
机を見ると、淹れたてのお茶が湯気を立てていた。
事務用の椅子も座った後のシワが残っていて、今さっきまで
誰かが居たかのようだ。
男は声をかけてみた。
返事はない。
突然、
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
と交番の電話が鳴った。
男はしばらくじっとしていた。
男は電話の音でもう一人の巡査が詰所の奥から出ては来ないか待ってみたが
出てくる気配はなかった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
なおもけたたましく電話の呼び鈴は鳴る。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
耳をつん裂くような音が壁に反射する。
男は受話器を取った。
そして耳にあてた。
少し無言が続いた。
それから、これといった特徴のない男の声で
「すいません、そちらに落とし物は届いていませんか?」
と訊いてきた。
受話器からの男の声は自分よりずっと若い感じのように聞こえた。
男は何も言わず電話を切った。
そして交番を出た。
ひとまず駅前の少し賑やかな場所に向かった。
24時間営業のファミリーレストランに入った。
店内は奥に、大学生っぽい男が二人、酔い覚ましなのか、
コーヒーとフライドポテトをつまみながら談笑していた。
他に客は見えなかった。
バイトもいない店内で中年の男の店長がぶっきらぼうに
「お好きなお席へどうぞ」と顔も見ずに言う。
男は大学生たちから離れた反対側のボックス席に座り、
無愛想な店長にドリンクバーを頼んだ。
男はブラックコーヒーをすすりながら、
落とし物を上着のポケットから取り出し、
眺めた。
ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、ピンポン、
向こうの大学生たちが、何度も注文の呼び鈴を押していた。
店長はいっこうに出てこない。
学生の一人が大きな声を出した「すいませ~ん!」
店のバックヤードからは誰も出てこない。
声を出した方がレジカウンターを覗きこんだ後、厨房まで入ってみたが
「誰もいないぜ」と言って不思議そうな表情で出てきた。
その学生は酔いも少しあってか、
男に少し気さくに言った。
「誰もいないみたいですよ」
男は落とし物を上着のポケットにしまい、
うなずきながら適当な返事をした。
学生二人は他に何か食べて帰りたがっていたが、
しょうがなくそのまま帰ることにしたらしい。
金は頼んだ品よりは少なめにテーブルに置いたみたいだ。
一人が「あっ、俺、ションベン」と言って奥のトイレに向かった。
残ったもう一人はしばらく待っていた。だが中々戻って来ない。しびれを切らして相方のいるトイレに様子を見に行った。
店内は水を打ったかのように静かだった。
10分以上経っても二人はトイレから出てこない。
男は席から立ち上がり男子トイレを覗いた。が、誰も居ない。
女子トイレも一応覗いてみたが、やはり誰も居ない。
男は店を出た。
あのファミレス以外他にやっている店はない。
男はコンビニに向かった。
店の前には配送トラックが止まっていた。
店内に入ると、レジのカウンターに買い物の途中らしい、
レジ袋に入れかけの商品が見えた。
誰も居ない。
惣菜を温めるレンジの音が鈍く低く、店内に響いていた。
温め終わったらしくやがてそれも聞こえなくなった。
男はコンビニを出た。
男はもう一度交番に向かった。
住宅地に戻るにつれて
街頭は少なくなって行った。
街計画で街頭は景観のために極力少なくしていた。
闇が包んでいた。
男は交番に着いた。
しばらく立ち尽くしていると
突然、
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
電話が鳴った。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリッ!
男は受話器を取った。
そして耳にあてた。
「すいません、そちらに落とし物は届いていませんか?」
とさっきと同じ若い男の声がした。
男は黙っていた。
「すいません、そちらに落とし物は届いていませんか?」
同じことを同じ口調で繰り返していた。
男はそのまま黙っていた。
しばらく無言が続いた。
それから、
「そのまま振り向け」
受話器から押しつぶしたような声でそう言った。
男は受話器を持ったままゆっくりと振り向いた。
交番の前に歩道があり、順番にガードレール、車道、と続いていた。
その車道をはさんだ向こう側、
その向こう側の暗闇の中に大きな邸宅が真っ黒く写っていた。
その闇に包まれた邸宅の2階の窓が一つだけ見えた。
というのもそこだけ明かりが点いていたからだ。
そして、黒い人影が見えた。
その人影は受話器らしいものを耳にあてていた。
男はそれを確認すると受話器を持ったまま体を元に戻した。
そこには
初老の巡査が椅子に座ったまま机に突っ伏していた。
男の足もとにはあの大学生二人が折り重なって俯きで床に転がっていた。
そしてさらに中年の店長が床に仰向けに転がっている。
四人ともピクリとも動かない。
「落とし物は届きましたか?」
受話器からあの若い男の声がした。
「ええ、届いてます」と男は答えた。
「4つですか」と若い男は訪ねた
「そうです」と男は答えた。
男は受話器を持ったまま上着のポケットに手を入れた。
落とし物が入っているスマホを持ち上げた。
スマホの画面を親指でをタップした。
LINE画面が現れた。
LINE内容 ………………
【初老の巡査】の画像。
『この巡査は20xx年x月x日。老夫婦宅に押し入り殺害した後を現金を強奪。別件で深夜帰宅途中の男性サラリーマンを殺害し、現金強奪』未解決事件。
→殺処分。
【二人の大学生】の画像。
『この大学生二人は20xx年x月x日。サークルの女子大生二人に睡眠導入剤入りの酒を飲ませた後、強姦、ならびに暴行。犯行の一部を動画撮影しポルノサイトにUPする。被害者のうち一人は自殺。一人は社会復帰も困難なほど重度の精神障害を患う』被害者ともに告訴できず。不起訴。
→殺処分。
【中年のファミレス店長】の画像。
『この店長は20xx年x月x日。男性社員に暴力をともなうパワハラを犯す。男性社員はうつ病発症後、自殺。その他、ナイトシフトの女性アルバイトに対し強制わいせつ、一部を動画撮影後、女性に対して肉体関係を続けるよう強要。女性は行方不明』被害者の家族が告訴するも証拠不十分で不起訴。
→殺処分。
「依頼通り4人とも殺やりました」と男は答えた。
「ありがとうございます。大変でしたね4人いっぺんは」と若い男は言った。
「コンビニ用の配送トラックを利用しました。死体もその中に入れて、ここに持ってきました。巡査は今さっき巡回から帰ってきたところを殺やりました」と男は答えた。
「ありがとうございます。もう一人の巡査がやがて来るでしょう。彼が死体の後始末をします」と若い男は言った。
「なぜ、この交番に死体を集めたんですか?」と男は訊いた。
「ここから確認しやすいからです」と若い男は言った。
男はもう一度振り向いた。
『闇の奥』にそびえ立つ邸宅。
その2階の明かりの中に小さな人影。
その人影は受話器を耳にあてているようで微動だにしない。
それから男は視線を落とした。
邸宅の1階あたりは漆黒の闇が広がり真っ暗だ。
突然、何かが光ったように見えた。
それはほんの一瞬だった。
暗闇の中に得体の知れないバケモノがいてそいつの鋭い視線が光ったのか?
男はこう思った。
『あいつは、あの2階から本当にこちらを見ているのか?
本当は違うどこか、ここから近い、そう、あちらこちらにある
あの『闇の奥』からこちら側を覗いているんじゃないのか?』
男は受話器をおいて、暗闇に消えた。
……………………………………………………
五日一殺、終。
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