向日葵の君へ

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 ゴミの分別を終わらせると次は掃除機をかける。ソファの下、部屋の角もしっかりかけたら、次は雑巾掛けをしていく。  この頃には部屋に充満していた臭いが綺麗になくなり、鼻通りがよくなってきた。  強張った体を伸ばし、少し休憩をしていた美織の耳にドライヤーの音が聞こえた。髪が傷んでも無頓着な仁だが、何度も美織が叱ると面倒になったのかこうして何も言わずとも髪を乾かすようになった。成長したな、と感慨深い気持ちになる。美織は母親ではなく、幼馴染なのだが。 「……さて、と。ここら辺でいいかな」  布団は後でコインランドリーに持ち込むとして、次にどこを片付けようかと視線を彷徨わせていると、ある部屋の扉が目に入る。仁がアトリエにしている部屋だ。  アトリエは物でごった返しているが寝室やキッチンと比較して綺麗さを保っているのと、芸術家という生き物は自分のテリトリーに足を踏み入れることを嫌がると聞いたことがあるので美織がすることと言えば、空になった絵の具等を集めて捨てるだけだ。最後に掃除をしたのは一週間も前なのでだいぶゴミは溜まっているはずだ。  ゴミを回収すべく、美織は扉を開けた。  すると強烈な油絵具の香りが飛び込んできた。乱雑に置かれたキャンバスや使い古された道具に埋め尽くされ、床が見えない程だ。窓から差し込む光だけでは部屋全体を見渡せない暗さだが、壁に飾られた大小様々な絵画でアトリエの中は彩られている。 「あれって」  小さく呟いて、美織はアトリエの奥を見つめた。一枚のキャンバスに布がかけられているのが気になった。仁はどんな作品でもああして隠すようなことはしない。なぜ、隠すのだろうか。好奇心から美織はゆっくりと絵に近づいた。  床に散乱する道具を踏まないように細心の注意を払いながら、キャンバスの前へと辿り着く。絵を見ようと布に手を伸ばした時、 「それに触るな!」  怒りを含んだ声が聞こえた。驚いた美織は伸ばした手を引っ込めて、振り向くと、風呂から上がった仁がこちらを睨みつけていた。 「ご、ごめん……」 「見たのか?」 「まだなにも」  美織が首を振ると仁は安堵の息を吐く。そんなに自分に見られたくない絵だったのだろうか。ちくり、と美織の胸が傷んだ。その痛みから目を逸らすために、美織は仁の隣を通り過ぎると布団の元へ駆け寄る。 「買い物ついでに、これ洗ってくるね」  仁の返事もまたず、美織は布団とシーツを引っ掴むと足早に玄関へと向かった。
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