向日葵の君へ

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 残された仁はぐしゃぐしゃに乱れた髪をさらに掻き毟り、苛立たしげに舌打ちした。  美織の足音が遠くなるのを確認しながら、先程まで美織が触れようとしていたキャンバスへ近づき、布を剥ぎ取った。  現れたのは一枚の絵画だ。A4サイズの紙を大切に胸に抱える少女が向日葵のような微笑みを浮かべていた。  仁は愛おしげにキャンバスの(ふち)をなぞる。幼い頃から絵を描く事に没頭していた仁を美織だけが軽蔑も嘲笑いもしなかった。彼女の似顔絵を描いて手渡したら、まるで宝石のように目を輝かせて喜んでくれた。そんなに上手くもない、さっと描いただけの下手くそな絵だったのに。 「……美織」  この絵は未完成だ。もう二十年も近く、下書きの段階から先に進まない。何度も絵具を重ねて、何度も筆を滑らせたのだが、どれもあの日の美織の笑みとは遠い。 「完成したら、その時は……」  ぽつりと呟いた声は誰に届くでもなく、空気に消えた。
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