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せんべい布団だといえども、さすがに食材が入った袋と一緒に持つのは難しいらしい。しかも洗って乾かしたことで分厚さが増している。試しに持ち方を変えたりして、どうにか持とうとするが帰宅の途中で落とすのが目に見えているので断念する。一度、仁の家に食材を置いてから取りに戻ろうかと考えていた時、美織の視界が薄暗くなった。なぜだろう、と顔をあげると不機嫌そうな仁が立っていた。
「仁くん」
まさかの人物の姿に、美織は両目を丸くさせた。怒らせたので今頃、ふて寝していると思っていたのになんでこんな所にいるのだろうか。
「貸せ」
「いいよ。軽いし」
「いいから貸せって」
普段、食事をまともにとっていない男が何を言っているのだろうか。筆よりも重いものは持てません、と言いたげな細い腕よりも美織のほうが遥かに力はあるはずだ。
しかし、不満げな美織を置いて、仁は布団と買い物袋を手に持つとずんずんと先に進んでいく。美織は小走りで後を追いかけるが、すぐに息切れし、最後は早歩きになってしまった。
その様子に気付いた仁は歩幅を狭め、美織が隣に並べるようにペースを落とした。
「ありがと。優しいね」
「うるさい」
美織が両目を細めて笑うと、仁は鋭い眼光で睨みつけてきた。それでも美織の頬の緩みは治まらない。素直じゃない幼馴染は悪態を吐くものの優しさは変わらないのだ。
しばらくすると仁が借りているアパートが見えてきた。築四十二年の年季が入った建物だ。経年劣化により色がくすんだ外壁や防犯意識の薄い窓は、お世辞にも綺麗とは言えない。家賃の割には部屋数が多いのだけが利点だった。
この建物を見るたびに世界屈指の油絵作家なのだからもう少し良い所に引っ越せばいいのに、と美織は思う。仁の年収は知らないが美織に毎月支払われる家事への賃金はそこらのバイトと比べてとても高額だし、絵を描くこと以外に趣味はないのだから貯蓄もあるはずだ。
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