向日葵の君へ

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「いやー、もうさ、退居するって言っちゃって。家賃が安い割に防犯しっかりしているの、あそこぐらいなんだよね」  どうしよう、と美織が悩ましげに眉を下げると仁はフンと鼻で笑う。 「バイト代を高くすれば問題ないな」 「普通に貰いすぎてるからこれ以上はちょっと……」 「わがまま言うな」 「言ってないじゃん。私がこっち引っ越せばいいだけなんだし。アトリエが欲しいなら私の部屋使いなよ」 「……ここの大家が、この建物を潰すから近いうちに出ていってくれと言っていた」 「え、初耳」 「今いったからな」 「だから最近、引っ越す人多いのか」  美織が言い淀んでいると仁は大きくため息を吐いた。 「今のところを更新したくない、給料を更にもらうのも嫌だ、新しい物件も嫌、か」 「事務の給料って安いんだから仕方ないでしょ」  沸騰したお湯にそうめんを入れて、箸でかき混ぜながら美織は顔をしかめた。どれほど仕事を頑張っていても給料は上がらず、正直言うと仁のお世話代がなければ生活もままならない。  転職をしようにも仁の家に近く、お世話にいける時間があり、更に給料が高いとなると美織のような高卒は雇ってもらえない。何度かトライしたがほぼ書類選考で落とされた。  渋い顔でそう伝えると仁は「なら」と切り出した。 「俺と暮らすか?」 「は?」  美織は耳を疑った。 「なんて?」 「俺が家を借りるからそこに住めばどうだ? 家賃も水道代も俺が払うし、お前はこうして飯作って掃除してくれればいい」 「いやいや、それは……」 「もちろん、バイト代は別途で支給する。お前から金を請求するつもりはない」  聞けば聞くだけ好条件だが、簡単には頷けない。美織が悩んでいる(かたわ)らで、仁は鍋の中身をざるに移し換えた。 「あ、ごめん。ありがと」 「……嫌そうだな」 「仁くんは嫌じゃないの?」 「嫌なら提案もしない。恋人もいないから問題もない」  それは知っている。仁という人間の性格を美織は彼の両親より理解していると自負している。美織のお節介が嫌なら今頃追い出しているはずだ。
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