向日葵の君へ

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 樋口仁の第一印象は「変わった子」だった。授業中、先生に注意されても落書きだらけのノートに鉛筆を走らせ、休み時間になっても教室に一人残って何かを一心に描いている。給食の時間もそれは同じで、彼の両親が何度も学校側から注意されても変わらない。  その変人っぷりに周囲は彼をいじめのターゲットにした。  仁が大切にしていたノートを破り、筆記用具を捨てたのはまだ序の口で、陰湿な嫌がらせは次第に暴力へと変わっていった。  殴られても蹴られても仁は気にも留めない。それをいいことにいじめっ子達の暴力はエスカレートしていき、ついには階段から突き落とすという命にも関わる行為に走った。  上段から転がり落ちた仁は幸い捻挫(ねんざ)と打撲程度で済んだのだが、彼の両親が一人息子を酷く心配してしばらくの間、休学になった。その間のお知らせの紙や宿題を届ける役目を——無理矢理——教師から美織は押し付けられた。  最初は嫌々届けていた。学校一の変人と関わりたくなかったからだ。  学校関係の書類を届けても仁はどうでもよさそうに受け取るだけ。  何度も仁の家を訪ねたある日、美織は「なんで絵を描くの?」と口にした。(なか)ば興味本位だ。学校での態度、周りからの嘲笑(ちょうしょう)をものともしない仁が不思議だった。 「……分からない」  ややあって返ってきた言葉に美織は首を傾げた。 「分からないのに描くの?」 「あんたは呼吸をするのに意味が必要なのか?」 「呼吸と絵は違うじゃない」 「違わない。俺にとっては呼吸と同じだ」  いつもは変わらない表情が歪む。自分の言動に嫌だっているのは明らかで、美織は慌てた。 「なら、私も描いていい?」  は? と仁は口を開ける。 「描けば分かるかなって」  美織の提案に仁はしばらく長考し、渋々といった様子で頷いた。  あいにく、美織には芸術とはなんなのかさっぱりだったが不思議な事に仁とはその日以降、よく会話をするようになった。今までは先生であっても無視していたのに美織にだけは、筆を止めて頷き返してくれた。  その事を学校側から報告された仁の両親は、我が道を行く息子の変わりようにたいそう喜んだ。菓子折りを持って美織の家を訪ねて、会う度に感謝をいうぐらいには。  周囲の反応と仁の両親からの頼みもあり、美織は仁の幼馴染兼お世話係となった。
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