死んだ聖女の代わりに孤児の私が成り上がり

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『あら。あなたのお名前は?』 薄曇りの空を見上げ、私は思い出の中の聖女アンジェリカ様のことを思い出し、涙を流す。 聖女様が死んだ。 魔王自らが城へと攻め入り勇者アラン様と賢者ラック様、そして聖女アンジェリカ様で立ち向かいなんとか撃退することができた。 でも聖女様は殺されてしまった。 魔王はアンジェリカ様の聖なる光により弱体化され、アラン様の聖剣とラック様の業火魔法により深手を負った。あと一歩で魔王を倒し平和な世界を… だけど魔王が最後の悪足掻きで放った魔法が聖女様を貫いた… そして魔王は『この傷が癒えた時…お前たち人類が消え去る日だ!』と言って去ったのだと院長様が教えてくれた。 私は幼いころに両親が魔物に殺され、孤児として王都の外れにある修道院に身を寄せていた。毎日が苦痛でしかなかった。 そして3年ほど前、修道院を訪ねてくれたアンジェリカ様に優しく声をかけられ、その美しさに一瞬で心を奪われたのを今でも覚えている。 「あら、あなたお名前は?」 「マリ…」 アンジェリカ様が綺麗で、緊張していた私。 「そう。マリちゃんって言うのね。あれ?よく見たらマリちゃん、私にとっても似てるのね」 「似てる?」 「ふふ。もしかしたら本当は姉妹なのかも」 そう言って笑いながら頬を寄せてくれたアンジェリカ様。 「私のパパとママは浮気とかしない」 私は緊張と恥ずかしさもあって、思ってもみないことを言ってしまう。だってそうでしょ?アンジェリカ様は聖女様なんだから。こんな私と似ているわけないじゃない。 それを伝えたくて変なことを口走ってしまう。 「ふふ。そうね。じゃあ私とマリちゃんは前世では姉妹だったのかもね」 アンジェリカ様は少し考えてから優しい笑みを見せ、私の頭を撫でてくれた。 それから私は、何をするでもなくアンジェリカ様が帰るまでくっついて心を癒していた。 そんなアンジェリカ様が死んでしまった。 私は声を出して泣いてしまった。 今日も目を覚まし、そしてまたアンジェリカ様のことを思い出しながら涙がとめどなく溢れてしまう。もうこんな世界、生きて行く意味なんて無いよね… その時、薄っぺらいドアがノックされ、袖で涙を拭う。 「マリ、ちょっとこっちおいで」 ドアが開くと院長様が私にそう声を掛けてから行ってしまった。 私は慌てて布団から這い出ると、居間の方まで小走りで向かった。こんな朝早くからなんの用だろう?今日の朝食当番は私じゃないし…私、怒られるようなことしたかな? 少しドキドキしながら居間に入るとそこには院長様と話をしている鎧を着こんだ兵士が立っていた。 「この子がマリです」 「おお!たしかに…」 意味が分からない。何がたしかなのだろう? 「君がマリちゃんだね。私はロビンという。お城の騎士をしているよ」 「マリです。今日はどういった御用でしょうか?」 私はそのロビンさんという男に挨拶を返しながらそう尋ねてみる。 「じゃあ、少しお話があるから、お城まで来てもらえるかな?国王様がお呼びなんだ」 「えっ?お城ですか?国王様が?なんで、ですか?」 そんなことを言われても困る。と私は混乱してしまう。 「話はお城に着いてから。大丈夫、外にはちゃんと馬車が待たせてあるからね」 「どうしても、行かなきゃだめですか?」 悪足掻きしてみるが、目の前のロビンさんはにっこり微笑んで… 「それは私が困ってしまう、かな?」 「なるほど…」 私は仕方なく院長様に「行ってきます」と声をかけ、玄関を出ると大きな馬車が止まっていた。 馬車の扉はもう一人、鎧の男の人が立っている。 私が馬車に近づくと、扉を開けて手を差し出してくれた。 私が戸惑いながらもその手を握り、馬車の中へと乗り込んだ。ふわふわの座席…なにこれ凄い。初めての感触に少しだけ浮かれてしまう。でもお城に呼ばれるなんて…そう思うと不安も感じていた。 結局何も思いつかず、馬車は止まり扉が開かれた。 乗せられた時と同じ兵士が手を差し出して優しく降ろしてくれた。 「デックと言います。以後よろしくお願いします」 そう自己紹介され、先ほどのロビンさんと一緒に城の中に案内された。 お城に入るのは緊張する。この大きなお城を見るのは初めてではない。私も含めこの国の人達は休日はお城の外周にある広い公園に集まることが多い。整備された憩いのスポット。 時折お城のテラスからは国王様やお妃様、皇太子様が顔を見せて手を振ってくれたりする。私もそれを見てはうっとりしながら手を振り返していたから… でも…でもさ。 見るのと入るのでは違うくない? 私はすくむ足を動かしながらそう考えていた。 そしてあっという間に豪華な部屋に「どうぞ」と通された。両脇にいた二人の兵士はそのまま端の方まで移動している。どうしよう…私も端まで一緒に移動したい。 「よく来てくれた。私がこの国の王をさせてもらっている、ダリン・クラートスじゃ」 目の前の玉座に座っている国王様、知ってます。国民なら誰しもあなたの名前は知ってます。なんで、なんでいるんですか? 玉座なのだから国王様がいるに決まっているが、今だけは不在でいてほしかったとアホなことを思った私。 「お、お、お初にお目にかかります。マリと申しま、す。しゅ、修道院から、やってきました」 これでいいのかまったく分からない自己紹介をする。 周りから少しだけ笑い声が聞こえる。もうだめ帰りたい。 いややっぱり死んだほうが良いのか? 「皆の者、しずまれ。マリ殿を笑うのであれば…私を笑ったと同罪だとみなすのじゃ!」 少しだけざわついた後、静まり返る室内…もう死んでもいいですか? 「マリ殿すまんのぉ。今日来てもらったのはマリ殿に、亡くなられた聖女、アンジェリカ殿の代わりを演じてくれんかのというお願いを利いてほしいのじゃ」 「へ?なんて?」 思わず出た言葉は多分不敬罪である。 「いやいやすみません!ごめんなさい!意味が分からないです!なんて私がアンジェリカ様の真似なんて…」 思わず土下座しようと膝をつくと、ロビンさんとデックさんが慌てて走ってきて私の腕を支えて止めた。ロビンさんがフルフルと顔を横にふっている。土下座は…あかんのか? 仕方なく震える足でなんとか立っている私。 「あの、詳しく教えてくれませんか?」 「そうじゃの、マリ殿は勇者アラン殿がどのようにあの魔王に匹敵する力を得ているか知っておるだろうか?」 「もちろんです!勇者アラン様は民の魔王を倒したいという願いに応え、その力を発揮するのですよね!それを賢者ラック様がサポートし、そして聖女アンジェリカ様…アンジェリカ様が魔王を聖なる光で、弱らせて…うう…」 私は興奮しながら勇者様について語っていたのだが、ついアンジェリカ様の事を思い出しまた泣きたくなってきて…泣いた。 「もう良い、これ、泣くな。マリ殿は、アンジェリカ殿が好きだったのじゃな…今回は私の力が足りず、本当に残念なことになってしもうたのじゃ…」 「だいずきだったでずー!」 鼻水まで出てくる。あかん。 先ほどまで国王様の隣に座って優しい笑顔を向けてくれていたお妃様が、慌てて駆け寄ってくると、手に持った凄く高そうなハンカチで私の鼻を…いやだめ無理やめて!汚れちゃう!汚したら打ち首!いやもう死んでもいいんだけど! 「早く!チーンして!」 私はその勢いに負けてチーンした。 お妃様はふーと息をはいて私の鼻を丁寧に拭いてくれた。その穢されたハンカチをロビンさんが受け取り壁まで下がってゆく。 「どうも…ずみばせん」 「ふふ。いいのよ」 もう私は泣かない。鼻水たらさない。そう心に決めた。 そのまま国王様の隣に戻ったお妃様はまた私に笑顔を向けて下さっている。 「本題にもどろうかのぉ」 「はい…」 「今回、残念なことにアンジェリカ様は亡くなられた。そのことでアラン殿に期待できないという者が一定数出始めておる。嘆かわしいことじゃ」 「そんな!」 そんなことを言うやつは打ち首で良いと思う。 「それでアンジェリカ殿にそっくりというマリ殿には、アンジェリカ殿に成り代わって聖女を演じてほしいのじゃ」 私は呼吸が止まった。確実に10秒ほど死んだ。何それ? 「突然じゃから戸惑うのも当然じゃ、じゃが考えてくれんかのぉ」 「い、いやいやいや!無理でしょう?似てませんよ私?」 「大丈夫じゃ!アンジェリカ殿も言っておった!『似てる子いたー!』って!」 「なんですかそれ!全然似てないです!」 私は国王様のアンジェリカ様のモノマネが恐ろしいほど似ていないのを、私がアンジェリカ様に似ていないことを理由にかぶせて言ってみた。これなら不敬罪にならないだろう。 だって私、本当にそこまでアンジェリカ様には似てないし。 「あー、あー。似てないかのぉ?」 どうやら声真似の方で捉えられてしまった。不敬罪で処刑エンドきた!まあ死んでも後悔はないけど。 「いえいえ!私は、アンジェリカ様とは似ても似つかず…」 「結構いけると思うんじゃが…遠くから見るとそっくりじゃ」 待って?遠くとか言ってんじゃん!もうそこまで似てないなって思ってんじゃん!私は返事ができなかった。 「だめかのう?ちょっと聖女様っぽい恰好でテラスから国民煽って『復活しました!勇者様に力を!』ってやってもらえんかのぉ?」 私は心が死んでいくのを感じた。 だめだ…これは受けなきゃだめな流れになってる。是が非でもやれということだろう。私は何とか逃げ道を探すがみつからない。そして無い頭を捻り考えた… 「ダ、ダ、ダ、ダ…」 ダメだ。口がうまく動かない。 そして再び動き出すお妃様。 私の隣に来て頭を撫でて下さる。 「大丈夫よ。嫌なら断って。でも私は良いことだと思うのよね。マリちゃんさえ協力してくれれば、みんなが幸せになれるから…ね?」 私は優しく撫でられながら優しくない事を耳元で囁かれている。 最初から逃げ道なんてないんだね。 よし死のう!そう思って死ぬ勇気で口を開いた。 「お引き受けする前に少しお話がしたいです…国王様と二人だけで…」 震える声でお願いする私。どうだ?これは無理だろう。さあ、却下を!そして不敬罪で死罪エンドで…私は人生の幕引きを思い少し涙出た。 「良いぞ」 「へっ?」 あっさりとOKする国王様。駄目だよそんな。横にいた宰相のエーデル様も慌ててるじゃん!頑張れエーデル様!って思ってたら、こちらを見て少し震えながら元の位置へと戻っている。 私はその視線の先が私ではなく隣を見ていたことに気づきバッとお妃様を見るが…お妃様はニコニコと笑顔を見せていた。なんだ。いつものお妃様か…私は深くは追及しないことにした。 「では…こちらへ…」 少し疲れた表情を見せた宰相、エーデル様に案内され、その部屋の奥のすでに国王様が入られている頑丈そうな扉の部屋の中へと通される。 「では、話を聞こうかのぉ」 2人っきりになった私のやけくそなお願いの時間が始まった。 ◆◇◆◇◆ 私は魔道人形のように手足をガシンドシンとぎこちなく動かしながら元の部屋へと戻り…そして王座へと座った。ざわつく周りの者たち。兵士たちも慌てて私の方へ走ってきた。宰相のエーデル様も困り顔だ、 「ええい!沈まるのじゃ!」 国王様が私の前に背を向け手を広げて庇ってくれる。 「これより、マリ様は聖女となられたのじゃ!この者の意思は私の意思である!この者の言葉は、私の言葉である!のじゃ」 ざわつくのは当然であろう。 私は気絶すしそうなのを我慢しながら無表情を装った。 隣のお妃様は一瞬驚きこちらを見たものの、すぐに笑顔に戻っている。 「マリ様は、本当に聖女アンジェリカ殿の生まれ変わりであったのじゃ!よって、この者に危害を加えるようなものがおれば…当人はおろか一家親族共々…分かっておるな!この国の命運がかかっている!のじゃ」 静まり返る城内。 「では、マリ様、お言葉を…」 国王様の言葉に私はゴクリと息を呑みこんだ。これは私が望んだこと… 「じゃあ、あんたたちは私のいう事をなんでも聞くのよ!私がこの国を守って勇者に力を与える聖女なの!わかったら返事!」 わざつき確定!だが目の前の国王様は「ヘヘー!」と言いながら頭を下げている。 勇者様が激高して詰め寄ってくるが、それを国王様が止めに入る。 それを見て兵士ロビンさんと兵士デックさんが、勇者様を止める。 「まずは私に相応しい部屋を用意しなさい!そして私が復活した聖女だとみんなに伝えて!私はみんなの前で素敵な演説をしてあげるわ!」 勇者様が悔しそうにしながら聖剣を強くにぎりしめている。 「言う通りにするのじゃ!」 国王様の言葉で侍女の一人が動き出し、私を案内してくれた。 背後には国王様に何やら言っている勇者様の声が聞こえ、足を止める。 「大丈夫じゃ!魔王を討ち倒すためじゃ。あの子には、聖女様には絶対に逆らってはならなぬぞ!あの子に逆らうことは私に牙を剥くという事じゃ!よいな!」 怒気を含んだその言葉を聞き、周りのみんなは押し黙っていた。 温厚な国王様があのような表情をするなんて…みながそう思っただろう。 私はもうどうにでもなれと思いながらも、侍女について歩いた。 「こちらが、マリ様のお部屋です。準備ができしだい着替えと湯汲みをいたしましょう」 「ええ。あなたはもういいわ!しばらく一人にして!準備ができたら必ずノックしてはいるのよ!」 「か、かしこまりました」 そして私以外に誰もいなくなった室内。 「アンジェリカ様…私、無理ですぅ…」 私は涙をこらえて両手で顔を覆った。 ◆◇◆◇◆ 広いお風呂で侍女3名により体を磨かれ綺麗なドレスを着せられる。 そして夕刻、城のテラスで集まった民衆に宣言する。 「私が聖女よ!復活したんだからもう大丈夫!精々勇者に祈ることね!さ、早くして」 そう言う私に慌てて手に持っていた首飾りを私に下げる国王様。 「これは聖女様の首飾りである!これで聖女様の完全復活はなされたのじゃ!みな、変わらぬ思いで勇者様に力を送るのじゃ!」 「もう、いいわね」 国王様の宣言の後、私はそういって部屋の中へと戻っていった。 戻る最中も民衆からは落胆の声が聞こえた。 「あれは聖女じゃないだろう」 「誰だ?あんな偽物用意したの」 「この国はだめかもしれない」 「もう期待するのは止めよう」 私はそんな声が私に突き刺さる。 「はー体冷えちゃったわ。もう寝るわ」 そう言って侍女を追い出し、布団にくるまった。 ここまで歩いてく帰るのに、膝が震えてごまかすのに大変だった。 ◆◇◆◇◆ 「王よ、私は我慢がなりません!これでは私の力は増するどころか消えてしまいそうです!」 「私が、あの偽聖女を罪人として燃やし尽くします!どうかご英断を!」 勇者と賢者が国王に詰め寄っている。 「ならぬ!ならぬのじゃ!いいか?あの子に手を出したら、一族関係者もろとも、全て根絶やしにしてやるからな!分かったか!のじゃー!」 勇者は、いや勇者以外の王座の間にいた全員が王に頭を下げた。だがほとんどのものが歯を食いしばり、怒りに震えていただろう。王はあのマリという女の魔法か何かにかかって操られているのでは… そんな噂が国内外に流れるのも一瞬であった。 ◆◇◆◇◆ 「魔王様、ご報告が…」 「なんだ」 魔王城の一室で、側近よりそう話しかけられた王座に座る男、まだ傷の癒えぬ魔王が痛む傷を押さえながら顔を上げる。 「人間の王が聖女の偽物を立てたようです」 「なるほど。それで感動の復活劇を経て勇者の力を増やそうとな?」 小癪なことを考えるものだ。 「ですが、民衆には偽物とすでにバレています。人間たちは落胆し、勇者はもう力がほとんど無くなっているようです」 「くっくっく!そうか。ならまもなくこの傷も癒える。すぐにあの城へと赴き、今度こそ人間の王もろとも勇者を嬲ってやろう!」 「御意に…」 ◆◇◆◇◆ 「はあ」 私は豪華なベットにねぞべりため息をつく。 そして聞こえるノックの音に、体を起こす。 「マリ様、マリ様のお知り合いという方が訪ねてまいりました。如何いたしましょうか?」 「えっ知り合い!あっ…そうね。会ってあげてもいいわ!」 一旦下がった侍女か、その知り合いを招き入れる。 修道院で一緒だったクレアだった。 「ああ、クレア。あんただったのね。何しに来たの?」 「あのね、修道院が、今ちょっと色々あってね。その、食べ物があまり買うこともできなくて…それでね…」 モジモジしながら私にそう話しかけてくるクレア。いつもは、2人で何時までもおしゃべりしていた仲だったのに… 「いいわ。わかった。それで私にお金をせびりにきたのね」 「えっ、ちが…わない、けど」 「大丈夫よ。今や私は聖女様!あんたたちが困らないぐらいのお金、どうとでもなるわ!」 悲しそうな顔をするクレアに、涙が出そうになるのをこらえる。 侍女に「あとはよろしく」と伝えると私はベットに寝ころび目を閉じた。 「マリ、様…ありがとうございます…」 横目でちらりと見るとクレアが頭を下げていた。 そしてクレアが頭を上げたので慌てて目をつぶる。 「私の知ってるマリちゃんは、もうどこにもいないんだね」 クレアが小さな声でそう言っていたのが聞こえ、私は歯を食いしばって堪えた。それでも嗚咽が漏れ、布団を強く顔に押し付けた。 それからしばらくして、やっとその時は訪れた。 魔王が城までやってきたのだ。 城の上部を破壊して空に浮かんでいる。 民衆たちが集まってくる。 「魔王だ!俺たちを殺しに来たんだ!」 「邪悪の根源!消え失せろ!」 「早く、勇者様を!」 「いや、ここは俺たちが相手だ!」 なんだかんだ言ってもこの国の民は団結する。魔王憎しとこの場に詰めかける。本当は危ないから逃げてほしいのに… でも、今こそが私の出番だ! 私は集まった民衆たちに見えるようにテラスの前へと進み出る。 「さあ勇者!私のために、魔王を倒しなさい!」 その声と共に勇者様は聖剣を握り締め… 「う、うるせー!お前のためにやるんじゃ、ねーんだよ!」 「黙りなさい!生意気な勇者!私がいないの駄目なくせに!」 私は震える足に力を入れてそう答える。 なんだか勇者様がいつもの様子と違うように見えるが、きっと力が落ちている今、魔王と対峙して緊張しているのかも…早く私が、勇者様の力を取り戻さなくては… 「お前がだまれ!お前のせいで俺は…俺は…」 勇者が聖剣をにぎりしめ腕を振るわせている。 よっぽど私が憎いのだろう。そりゃそうだ。その憎悪の瞳に負けそうになる。 民衆からも私に向かって憎悪の視線が向けられ、「そうだそうだ」と勇者様に賛同していく… 頃合いか… 「あ、あ、ああっ!」 私は胸を押さえて片膝をついてしゃがみこみ、密かに鍛え上げた私の唯一のスキル…『発光』を発動させる。 照明代わりにしかならない外れスキルだが、この日のために鍛え上げてきた…誰よりも、この国の誰よりも輝け私! 私の全身全霊の願いとは裏腹に、ほどよく全身が10秒ほど発光し、魔力切れとなり消えてゆく…相変わらず貧相なスキルだが、それはもう分かっていた事… しょぼくはあったが、役目は果たした。 さすがに周りからもこの光は確認できただろう。 そして私は、声が震えないように力をこめる… 「ああ、集まった頂いた皆様、勇者様の為、そしてこの国の未来のために、憎き魔王を倒すため力をお貸しください…」 私の声に静まり返る民衆たち。 「私は聖女アンジェリカ!この者の見るに堪えない汚れた魂…それゆえ、私が…聖女アンジェリカが奪わせて頂きました!」 目をつぶったまま胸に手を組み、祈る様に顔を上げる。 自分でも何を言っているんだろうとは思っている… 「愛する国の民よ、祈り、願ってください。魔王を倒す勇気を…力を…共に、平和な世を作るため…勇者様に力を!」 お願い…嘘でもいいから信じて! そう思いながらもキープする態勢… 運動不足の私には結構きつくて膝がぶるぶる… 「聖女様だ…」 「戻ってきた!」 「アンジェリカ様だ!」 「聖女様の再臨だ!」 おっ、盛り上がってきた、かな?できればもう少し盛り上がりが… 「勇者様!頑張れ!」 「勇者様!魔王を倒して!」 「勇者様!世界に平和を!」 民衆の声がどんどん大きくなる。これなら… その声に呼応するように勇者からはまばゆい光が溢れ出る。薄目を開けてみていたが眩しくてまた目を閉じる。 いけるかな? 私は膝にグッと力を入れ、心の底から勇者様頑張ってと願った。 これで駄目ならみんな死ぬしかない!私はこのまま動かず祈り続ける。いや、正直もう体が限界。ブルブルと小刻みに震えている膝がもう限界なのが分かる。こっそり胡坐にサイレント移行したい! まずいかな?でも、きっともう誰も私を視てないよね? 「聖女様!勇者をお願いします!」 「そうだ!聖女様ー!」 「聖女様の力で勇者様を助けて!」 いや勇者を応援したげて!そして私を見逃して! 小鹿のように震える自分の膝に、なんだか笑いが込み上げてきたが、必死に頬にも力を籠める。もうだめだ…あと1分が限界だ… 「魔王!待たせたな!」 やっと勇者様が魔王に向かって声を掛ける。 「ぐぬぬ!聖女め!あの時、我が殺したはず!」 「聖女は、アンジェは戻ってきた!お前の負けだ!グランド…クロス!」 その声に反応して思わず目を全開きしてしまう私。 勇者が聖剣を上段に構え振り抜いたであろう必殺のグランドクロス。バリバリと雷鳴をとどろかせながら十字に衝撃波が飛ぶのを眺めていた。やっぱり、かっこいいな…アンジェリカ様の次に大好きな人… そして、魔王が十字に切られて塵になって消えてゆく様を見て…慌てて目を閉じた。 一瞬振り向いた勇者と目があった。 そして膝の限界をごまかすようにばたりと倒れ、そしてゆっくり目を開けた。 「ここは!魔王は?」 「魔王は倒した」 勇者様が動揺しながら私にそう答えた。 多分私なのかアンジェリカ様なのか迷っているのだろう。いや、そもそも私は私だ。 「倒したのね!さすが私の勇者!」 「お前は、ほんとにまあ…」 私の言葉にやはりお前か!という怒りが籠った返事がきて、と思ったけど微妙な反応だ。逆にビビる。だが私はくじけない。もう魔王はいないのだ…これで私の役目は終わる。 私は、安心して逝ける… 私は声が震えないように力を入れて話し始める。 「なによ!私のお陰で勝てたんでしょ?私が聖女!マリ様なのよ!さあ民衆たちよ!私を称えなさい!」 予想通りの馬事雑言が聞こえてきて少し泣きそう… 「はあ…」 勇者様がため息をついている。 そうだよね。もう見限っていいよね。魔王いないもん。 「何よ!私を信じられないのね!もういいわ!私を処刑でもなんでもするといい!私は偽物!あとで、後で後悔するなよ!絶対に呪ってやるからなー!」 最後の方でちょっと声が震えちゃったけど、大丈夫。 計画通り私はここで勇者様に切り殺され、大好きなアンジェリカ様の元に旅立てる。そう思って大の字に寝そべった。 さあやれ!さあ殺せ!そして、平和な世界を… 早く私を、アンジェリカ様の元に送ってよ… もう、あの方のいない世界に未練はないの… 「もういいよ。マリ」 「へっ?」 気づけば私は勇者様にそう言われながら抱き起されていた。 「な、なによ!気安く触らないで!私は、私は…聖女を謀る悪い女のなの!ここで殺されても文句は言えないの!」 勇者様は少し頬を緩めると、私を起こした体勢のまま民衆に顔を向ける。 「みんな、聞いてくれ!この子は、このマリという子は、決して悪い子ではないんだ!」 私は、勇者様のその言葉を遮るためワーワーと騒ぎながら手をバタつかせた。 ちょっ、勇者様の手が、強っ! 私はその力強い手は押さえられ「だまってろ!」と怒られた。怖い。何かもれそう。 「この子は、魔王を倒すため悪い偽物を演じていた。そしてあの場で、アンジェの真似をして、みんなを鼓舞したんだ!」 民衆たちはざわついている。そんなの信じられないだろうに。 「俺も王からその話を聞いた時、半信半疑だった。だが今さっきので確信した。悪女なら『私を殺せ』なんて言わんだろ。まったく、どういう設定なんだよ」 「いや…その…」 私は「いや、あの」としどろもどろになってしまう。 「多分だが、自分が死ねばみんなすっきり平和な世界。なんて思ってんだろ?」 「うぐ…」 私は図星をつかれて顔が赤くなるのが分かり、慌てて両手で顔を覆った。なんだよ王!言わないでって約束したじゃん!なんでよりによって勇者様にばらすの? 私はもう今すぐ死にたいと思った。 「そこからは私が話すのじゃ」 国王様がそう言って近くまで歩いてくる。 「おい!王!なんでバラしてんの?言うなって言ったじゃん!無い頭絞って考えたんだよ?私が死ねばスッキリ平和…あっ」 さっき勇者様が指摘したことのと同じことを言ってしまい、なお恥ずかしくなり悶えた…いい加減放してくれませんか? 至近距離で「ぷくく」と勇者様も笑っている。 「じゃあ、この子はずっと悪い女を演じてたってこと?」 今更ながら話に加わった賢者様。 「そうじゃな」 国王様がそれを肯定する。 「マリちゃんじゃがな、似てると言う理由で城に呼んだ時、私と二人きりで話がと言ってたじゃろ?」 「言ってたな」 「あの時はホントに狼狽えていてな。『無理ですー!アンジェリカ様の身代わりなんて無理―!無理過ぎー!』ってな」 私は勇者様の腕の中で可能な限り悶えのた打ち回る。この王!下手な声真似すんな! そんな私を他所に、勇者様はまた噴き出して笑っていた。息が…勇者様の生暖かい息が…クラクラしてしまう。 「そして何を言うかと思ったら『悪女を演じるので、それを全部飲んでください!そしたら魔王出てきた時にピカー!ってやるので』とそう言って、自分の手を光らせて見せてくれたのじゃ」 もう、今すぐ殺して… 「そうだ、あれなんだ?」 勇者様に忘れてたであろうあの光について聞かれた私。 「発光ってスキル…私それしか使えないし…」 そう小声で言った。 また噴き出して笑う勇者様。 もうだめ。私をこのままこのテラスから投げ落として… 「そして『ピカーってした後にみんなに聖女だって思わせてみせるから』ってな。『それぐらいしかできないし!似てないし!普通にしてたらバレちゃうしー!』って頭抱えていたのじゃ!」 「おい!いい加減にしろよ!王の口はそこまで軽いんかー!」 私は思わず国王に向かって叫ぶ。 そんな私は勇者の腕から降ろされ、そして抱きしめられた。 なにこれ? 「お前、ほんと面白い奴なんだな」 「ちょ、何すんの?だめだってアンジェリカ様に怒られちゃう!」 私は必死で勇者様の腕から抜け出そうとするが、いや、強いって!何これ!細腕から繰り出される無限のパワーかよ! 「ん?なんでアンジェが出てくるんだ?」 「えっ?だって勇者様ってアンジェリカ様とカレカノだったんじゃないの?」 「えっ?」 「えっ?」 二人して驚きの表情をしている。 「そうなん?勇者、お前アンジェと付き合ってたん?」 「んなわけないの知ってるだろ?アイツとは喧嘩友達みたいなもんだったし」 「だよな」 「えっ?」 勇者様と賢者様の会話に驚き目が点になる。 「アンジェ、怒るとこえーんだよ。俺の苦手なタイプ。俺は…お前みたいな何考えてるか分からない子の方がタイプだ!」 「えっ?」 どうしよう頭が回っていない。 そして私、さっきから「えっ」しか言ってない。 「という訳じゃ」 「いや説明、途中だったろ?」 「そうじゃったか?」 「そうだよ。早く続きを…」 賢者様が国王様に続きを聞こうとしている。本当にやめてほしい。 「まあそんなこんなで、亡き聖女がマリちゃんを乗っ取ってみんなに願ってもらって魔王倒してハッピーハッピー。までがマリちゃんが考えてたことじゃな」 私は再び顔を覆って勇者様の腕のなかで悶えていた。 段々と何に対して恥ずかしいのか分からなくなってきた。 「よし!じゃあ、嫌じゃなければ俺と一緒に生きよう!俺はお前が気に入った。俺も詳しく聞いたのはついさっきだったから、それまで何度も殺そうと思ったけど、殺さなくて良かった!」 私はどうしたら良いんだろう。喜べば良いの? 考えることを放棄した私は…「好きにして」と小さくつぶやいた。 どうしてこうなった… それから3年。 私は勇者が治める国で、 勇者の子を産み、 勇者と一緒に、 幸せな平和を噛み締めた。 ハッピーハッピーで、おしまい
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