第1話 音が消えた日(1)

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第1話 音が消えた日(1)

僕は生まれつき耳が聴こえない。 僕の名前は尾上律(おのうえりつ)。 私立音楽高等学校に通う高校1年生。 律って名前は僕も気に入っていて、両親が音楽の世界に自分だけの音を響かせてほしいという願いも含めてこの名前をつけてくれたらしい。 そして、僕はある日テレビで世界ピアノ大会の生放送を見ていたときのこと…。 『お母さん!お父さん!僕ピアノやってみたい!』 テレビに出ていたピアニストに惹かれ、僕は両親にピアノをしたいとお願いした。 両親は快く頷いてくれて、さっそく教室も専門の所を探してくれて音が聞こえなくなったあの日まで僕はピアノを続けた。 もう一度言おう…。 『僕は生まれつき耳が聴こえない』 なんていうのは嘘だ…。 耳が聞こえないのは生まれつきではない…。 とある出来事がきっかけで耳が聴こえなくなった。 とは言っても音楽の音が聞こえないだけで、音楽以外の音は普通に聴こえる。  周りに何度も耳が聴こえないと説明したけど、 『音楽の音が聴こえないって変じゃん!』 『頭おかしいんじゃない?』 って僕は変な奴と認識されて罵倒され続けた。 でも周りが僕を変な奴呼ばわりしてるのはごく一部で両親も家族もみんな受け入れてくれている。 多少、僕の耳にはみんな疑問があったと思う…。 僕自身も音楽の音しか聞こえないなんて日々変だと思っている。 だってどう考えても変じゃないか…。 (一体何が音楽を遠ざけているのかな…。) いつもいつも同じことを考えてを繰り返しながら大好きな音を聴けなくなったのは自分が原因ではないのかと怒りと後悔が同時に押し寄せてきた。 どうしてこうなったのか…。 それは多分、あの日のトラウマが原因だったと思う。 音が聴こえなくなったのは僕がまだ10歳のとき…。 ピアノを習い続けて5年目の発表会の日。 僕は腕前の凄さから難易度高めの曲を勧められ発表会や大会で弾き続けてきた。 そして、音が聞こえなくなる前のピアノの世界大会子供の部でプロが弾いても難しいと言われる曲を弾くことになった。 最初は順調に弾けていたのだけど、 (…あれ?) 急に僕の頭の中が真っ白になった。 ピアノの大会は発表会とは違って暗譜で弾かなければならないルールがあった。 いつも僕は曲を丸暗記して練習して大会でも発表会でも完璧に楽しく心のままに演奏をこなしていた。 はすが…。 僕は今回の大会で後半の曲の続きを見失ってしまった。 僕は焦った。 (まずい、なんとかしないと…) そう思った僕は自分なりに前半の曲を元にオリジナルで演奏をした。 後でどうなるのかを知っていたのに…。 (今僕に出来ることをやろう…) そう思ったから頭をフル回転しながら手を動かした。 ジャーンッ! と僕が後半を弾きだしたとき…。 『…え?』 会場全体がざわめき出した。 『これ後半違うくない?』 『え、オリジナル?大会でオリジナルとかヤバくない?』 『暗譜できてなかったのかな笑』 後半の曲を批判するもの、ミスをあざ笑う者、そんな人たちがたくさんいた。 (耐えないと…こうなる事はわかっていたじゃないか…) 僕は会場にいる家族以外の人たち全員から批判を受け、演奏が弾き終わるまで耐え続けた。 演奏が終わり、審査の人達の前に立った。 「…」 チラッ 僕は恐る恐る顔を上げ審査員の方を見た。 (…ッ!) 僕の目に写ったのはやはり審査の人達の顔だった。 彼らの表情は明らかにがっかりし残念がり、僕に対して怒っているようにも見え、僕はこれは失敗に終わったなと悟った。
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