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ふと耳を澄ますと、水音が聞こえる。部屋には誰もいないはずだ。
結月は音のする方へゆっくりと近付いた。
「えっ、何で何でっ!?」
結月は片足を浮かせて固まった。冷たいのは真冬の冷えた床のせいではない。
洗面所の電気を付けると、洗濯機のホースを繋いでいたはずの蛇口から勢いよく水が出ていて、洗面所一面が水浸しになっていた。ネジの閉め方が甘かったのか、何かの拍子に外れたようだが、今は理由はどうでもいい。とにかく蛇口を閉めて、あるだけのバスタオルで吸い取りにかかる。“あるだけ”といっても、ミニマリストが持つバスタオルは二枚だけで、吸いとっては絞ってを十数回繰り返した。
それから、取る物も取り敢えず階下へ駆けつけた。結月の住む三〇一号室の真下、二〇一号室だ。表札に名前はないが取り敢えずインターホンを鳴らしてみる。
――応答がない。
単身者限定の物件ではないが、ワンルームマンションは単身者が殆どで、近所付き合いもほぼない。どんな人が住んでいるのかも全く知らなかった。インターホンが鳴っても敢えて出ない可能性だって大いにあり得る。それは、結月も時々やることだったが、このご時世、居留守は当たり前かもしれない。
そんなことを考えながらしばらくドアの前に突っ立っていた結月は、近付く足音に気付いて振り向いた。
「あの、そこ俺んちなんですけど、何か?」
モノトーンコーデが似合う、長身で眼鏡をかけた男が首を傾げて立ち止まった。
「あっ! あの、私、真上に住んでる狩山結月といいます。実は洗濯機のホースが外れて、洗面所を水浸しにしちゃって」
結月は早口で伝えた。
「えっ!?」
「漏水してないかすぐに確認してもらいたいんです」
「わかった、ちょっと待ってね」
男は鍵を開けて中へ入っていった。
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