儀式

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「引っ越したらぜひ遊びに来てください」 「え?」 虎仁郎が呆気にとられている。 「私、隣の駅前のマンションに引っ越すんです」 「ええっ!? なんだ、そうなの? 俺、勝手に勘違いしてた」 「みたいですね」 結月が笑顔を向けると、虎仁郎の表情が和らいだ。 「あの……とりあえず、玄関まで」 「あ……はい」 結月は玄関に入ると静かにドアを閉めた。 「いきなり引っ越すなんて言うから、すげえ焦ったんだ。しかも彼氏と別れたなんて聞かされて、どうにかして君との縁が切れないようにする方法がないかって脳みそフル回転させて……もちろん、さっきのは本当にそういうつもりじゃないから誤解しないでほしい」 「わかってますよ」 気を良くしたのか、虎仁郎の口数が急に増えたような気がした。 「君を初めて家に入れた時、初対面にもかかわらず自然体でいられる自分に気付いたんだ」 結月は数メートル先にある虎仁郎のモノトーン部屋を思い浮かべた。 「ミニマリストとシンプリストって、似てる部分があるんじゃないかな」 「そうですね。目指すゴールはシンプルな生活なので」 結月がそう返すと、虎仁郎は少し黙り込んだ後、口を開いた。 「実は俺、人と関わるのがあまり得意じゃなくて。この仕事に就いたのも、それが理由なんだ。風景写真家――自然が相手だからね」 「へえ……全然そんなふうには見えませんでしたけど」 「それは、君だったからだと思う」 虎仁郎が俯き加減で照れ臭そうに言った。 その様子を目にした結月も照れ臭くなって俯いた。 「君と一緒に過ごしてみたいなって、単純にそう思ったんだ。そんな理由じゃ駄目かな」 シンプリストは、考え方までもシンプルだ。 「いえ、そんなことないです」 結月は首を振り、好きなものに囲まれたシンプルな生活も悪くないかもしれないと思い始めていた。 【完】
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