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結月は所謂『ミニマリスト』だ。
不要な物を持たず、必要最小限の物だけで暮らすというのはデメリットもあるが、それ以上にメリットの方が大きいと感じられた。
ミニマリストで良かったと思えることのひとつに、“荷造りの手間が省けること”がある。なぜなら、結月は不定期に引っ越すからだ。
引っ越しの間隔は、三年の時もあれば、一年の時もあり、一番短くて半年という時もあった。だが、仕事の都合というわけではない。
「すごいよね。何回目? 私には絶対真似できないよ。手続きとか色々と面倒でしょ? それなりにお金もかかるし」
口ではそう言いながらも、同僚の美佐は羨望の眼差しではなく、冷ややかな視線を向けていた。
価値観は人それぞれで、正解不正解はないと結月は思う。狭小のボロアパートに住む美佐の手首には、高級腕時計が巻き付けられていた。
手続きが面倒だというけれど、近くへの引越しだから役所に転居届を出せばいいだけだ。
運転免許を持っていない結月は当然車も持っていないし、独身で子供もいないからやっかいな手続きはない。会社に住所変更を知らせれば健康保険の手続きはしてくれるし、あとは、電気やガスなどの会社に連絡して、銀行口座とクレジットカードの登録住所の変更をする。それくらいのものだ。
結月は大手出版社に勤めている。
年収でいえば、同年代女性の平均を優に越える。仕事は忙しく労働時間に見合っているとは正直言い難いが、まだギリギリ二十代で無理がきくし、やりがいもあった。
恋人の雅人と付き合ったのは今のマンションに引っ越してすぐだったから、丸二年になる。不規則な勤務時間に加えて、休日もあってないようなものだから、デートはいつも恋人が都合をつけることになる。もしくは、放置プレイを楽しめる相手に限定される。それが無理ならば付き合うのは難しい。
勤務時間が不規則な分、通勤にはあまり時間をかけたくなかった。会社から電車で六駅の駅近物件はまずまずだった。
今日は珍しく早い時間に退社でき、結月の足取りは軽かった。といっても、スーパーに寄って家に着いた頃には、午後八時を少し回っていた。
玄関ドアを開けると目に付くのは男物の大きな靴で、新品だけれど少しくすんでいる。これは女の独り暮らしの防犯対策で、もう何年も玄関に置かれている物だ。
短い通路の左側はキッチン、右側はトイレと風呂と洗面所。そこを抜けると七・五帖の洋室がひとつ。さらに奥にはバルコニー。
部屋の様子を目にした結月は、大きなため息を吐いた。
明らかに部屋の雰囲気と不釣り合いなカラーと大きさのソファーベッドの上には、衣類が散乱している。お気に入りのローテーブルには、ビールの空き缶や飲みかけのペットボトル、コンビニ弁当の残骸が放置されている。すべて雅人の仕業だ。
そろそろ引っ越そうか。
結月の頭にはそんなことが浮かんでいた。
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