春の終わりに

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 会社や学校の始業時間を迎えると、この辺りにはほとんど人がいないことを知った。ずっとこの辺りにいたはずなのに、知らなかった。  友達は、彼とは通学中の電車が同じだったと言っていた。毎日、一緒の電車だったから、次第に仲良くなったと言っていた。それは、徒歩通学だった私にとっては空想上の話だった。しかし、それなら知らなかったことにも納得がいった。  もし、近いという理由じゃなくて、もっと考えてから進学すれば、もっと違う未来があったのかな。私にも、春が来たのかな。春が終わることはなかったのか。  駅前のベンチに座って空を仰ぎながらつぶやいた。桜の木の下のベンチに座りながらつぶやいた。  こんなところで時間を無駄していいわじゃないことくらいわかっていた。それでも、何をする気にもなれなかった。もう、春が終わってしまった。  高校を卒業して、学生という身分を手放すと一気に老けた気がする。たった数か月しかたっていないのに、若さを失ってしまった気がする。  もう、旬が過ぎてしまった。  恋をしないとかしたくないとか。それ以前にもう、好きになってくれる人がいないんじゃないかと思えてしまう。  それでも、ここは、居心地がよかった。家のような息苦しさはない。ここの空気は、数値的にみれば澄んでいるとは、きっと言えない。それでも、この空気は、息がしやすかった。私のだめさも許容してくれる。  ここを通る人は、みんな忙しそうで私になって目もくれない。まるで置物になった気分だった。それがとても心地がよかった。  春が過ぎ去ってしまった人生も悪くないと思えてくる。  この時間なら、いつまでもいつまでも続いたって構わないと思っていた。穏やかな日々が、ずっと続くと思っていた。
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