Ⅴ.影

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Ⅴ.影

 寝台で眠る皇帝の横顔は、精悍で端正だった。  私はそっと起き上がり、自分の銀の髪を手で梳いた。髪に宿る魔力から呪力となる(けが)れを集め、指先で練り上げる。闇の煮凝りのような穢れは強い毒と同じだ。常人が触れれば肌が()(ただ)れ、口に入れれば心臓をも止めることが出来る。これは、光の神子には出来ないことだった。  国を出る時、ひそかに私に会いに来た大神官は言った。 『エルドアートの皇帝はユタハの神を信じようとしない。多くの国々を滅ぼした大罪人です。(かげ)神子(みこ)よ、皇帝の懐に深く入り込み、貴方のお力で皇帝の命を絶つのです。それがユーフラの……ひいては、光の神子の為にもなりましょう』  小さな小さな穢れの塊を確実に飲み込ませるには、口移しで与えればいい。喉を通れば、穢れはあっという間に体を蝕む。しばらく皇帝の顔を見た後、私は指先で摘まんだ闇の塊を自分の口元に運んだ。  その瞬間、寝台がきしみ手首を強く打たれた。寝台に転がった穢れめがけて金の象眼を施された短剣が突き刺さる。まるで朝日に氷が溶けるように、暗黒の穢れは霧散し消失した。 「……陛下」 「この剣は、大層な魔力の塊でな。闇も穢れも祓う宝剣だ。其方、なぜここに穢れを持ち込んだ?」  皇帝の瞳は怒りで燃え上がっている。 「……愚か者が陛下の御命を狙いました。どうか、その剣で斬り捨ててくださいませ」 「何だと?」 「私はユーフラの影神子。光の神子の身代わりです。この体は、神子が受ける穢れを溜め続けている器。陛下がお持ちの宝剣で斬りつければ、我が身は先ほどの穢れのように消え失せるでしょう」  皇帝の瞳が、信じられないものを見るように見開かれた。  長年穢れを溜め続けた体は、どうせ長くはもたない。自分の魔力で浄化し続けても限界は来るのだ。皇帝の手で命を終えられるのなら、それはひどく幸せなことに思えた。 「それが、ユタハの神の心か? 光だけを生かし、影の命が失われても構わぬと」 「……影とは、そのためにあるのです」 「そんな神を、其方たちは神と呼ぶのか!」  皇帝は立ち上がり、短剣を持って私の前に来る。腰まである髪を皇帝が力任せにつかんで思い切り引っ張った。  ――ああ、ここで自分の命は終わるのだ。  ぎゅっと目を瞑って、命が終わる瞬間を待った。光が瞼の奥で一閃したように思った瞬間、引っ張られていた髪が離され、ばらばらと何かが膝の上に落ちた。  目を開ければ、銀色の塊が寝台の上で渦を巻く。そこには、ばっさりと切られた自分の髪があった。 「髪には確か、神子を護る魔力が宿るのだったな。では、これで其方にはろくに力があるまい」 「……えっ」  肩のあたりを、すうと風が吹くようだった。皇帝の言葉だけが静かに部屋に響く。 「其方を縛るものはもう、何もないと言ったのだ」
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