Ⅴ.影

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 三日後、皇帝は城を出た。私は一人きりで側塔に上った。馬車と騎馬の一団が二重の城壁を抜け、遥か平原の彼方に小さな点となって消えていく。目の中に何も映らなくなっても、身動きもせずに見つめていた。自分の目から涙がいくつもこぼれるのが不思議だった。  初めて閨に侍った翌朝、私の髪が皇帝によって切られたと知った人々の衝撃は大きかった。閨で何があったのか聞く者はいない。侍女たちは黙って私の髪を丁寧に切り揃えてくれた。すぐに伸びますわ、と言いながら泣き崩れる侍女に、かける言葉がなかった。ノイエに至っては、まるで葬儀に参列しているかのように暗く口数も少ない。  私が皇都には行かないと言った時も、皆黙って頷いただけだった。  皇帝が城を去った後、私は高熱を出した。医師や薬師が呼ばれたが、なかなか解熱しない。ノイエや侍従長は、陛下の仕打ちに神子様の御心がもたなかったのだと涙ぐんでいる。違う、これは持病のようなものだと否定したが、彼らは納得しなかった。熱が続き衰弱する私の体を魔術師が丹念に見る。そして、これは穢れだ、根本的に治す方法はないと言う。魔術師の言葉を聞いた途端、ノイエが怒り狂った。 「この、ヤブ魔術師が!」 「何だって!」 「だって、そうじゃないか。神子様の御体一つ治せないだなんて!」 「……神子様は、元々強い魔力を持っておられる。その御力で、引き受けた穢れを浄化しているんだ。今はその浄化ができていない」 「そんな!」  魔術師の言う通りだ。私は弟が受けた穢れをずっと浄化し続けてきた。魔力の一部だった髪を失ったおかげで、今は全然力が足りない。魔術師は自分の魔力を流し込んで、穢れの浄化を手伝ってくれた。おかげで少しだけ熱が下がった。それでも起き上がることが出来ない。  うとうとと眠ってばかりの日々を過ごしていると、遠方から薬師が呼ばれた。彼の作る薬湯がよく効くと評判なのだそうだ。茶色の髪の若い薬師は、鼻が曲がりそうなほどひどい臭いの薬湯を作る。それを匙で口に運ばれるので、息を止めて一気に飲む。 「神子様は素直に薬湯を飲んでくださるので助かります」  少しも嬉しくはないが、彼の作る薬湯の効果の高さはわかる。ユーフラの王宮の奥庭では、神殿の脇に小さな薬草園を作っていた。そこで自分でも薬草を育てていたから、入っているものの予想がつくのだ。 「これを一日五杯飲めば、今にも死にそうな騎士だって助かるんですよ!」 「一体どんな例えなんだ……」  必死で飲み続けた薬湯のおかげで、私の体は少しずつ回復していった。  
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