Ⅵ.光

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 三週間ほどして、城には多くの騎士と兵士たちが訪れた。行軍後の滞在で、部屋にいても風に乗って人々の騒めきが聞こえてくる。  私の部屋の前には、寝込んでからというもの、ずっと衛兵が詰めていた。どこに行くにも彼らの目があった。皇国軍が到着してからは城はにわかに活気づいて、衛兵たちも浮き足立っている。常にはない隙が生まれ、私は部屋をそっと抜け出した。  側塔に上るのは、ずいぶん久しぶりのことだった。重い扉を開ければ空は晴れ渡っている。  ぐるりと巡らされた鋸壁に向かって足を踏み出していく。ここから落ちれば、間違いなく助かることはないだろう。狭間から一歩踏み出そうとした時だった。逞しい手が私の腕を掴んで、力を込めて引き戻す。分厚い胸の中に抱きかかえられて、後ろを振り返った。 「乗り出すなと言っただろう! ここから落ちたら助からぬ」 「……陛下」  どうしてここに、皇帝がいるのか。閨で別れてから、私たちは一言も話していなかった。もう二度と、会うことはないのだと思っていた。 「なぜ、ここにいらっしゃるのです?」 「其方に会いに来た」  言われた言葉の意味がわからなかった。皇帝はいらいらしたように言葉を荒げた。 「余はユーフラから其方をもらい受けた! 己の妃に会いに来るのは、何もおかしくないだろう!」 「私はただの影です。そして、私の国はもう、どこにもありません」  皇帝は私を見つめたまま、眉間に皺を寄せている。何も反論しないのは肯定と同じだ。  ユーフラをはじめユタハ神を信奉する国々は、ひそかに皇国に刃向かう機会を狙っていた。その計画が皇国に漏れ、王族も神官たちも殲滅されたのだ。弟は民を扇動した罪で、神官たちと共に神殿前に首をさらされたと聞く。 「光だったはずの神子が死に、影だったはずの私が生きている。……どうして?」 「ユーフラの神子は皇帝の妃となって保護されている。神の名で人々を扇動し、皇国に刃向かった愚か者たちが粛清されたのだ。其方は人々を悼み、神子として神の慈悲を乞えばいい」 「何を仰るのです」 「僅かに生き残った民もいるだろう。神子が祈れば希望になる」  涙が絶え間なくこぼれていく。皇帝は私を胸の中に抱きしめた。  私の半身、私の光。私の故国を滅ぼしたのは皇帝なのに、どうしてこの胸の中はこんなに温かいのだろう。
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