Ⅶ.謀

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Ⅶ.謀

 ◆◆  エルドアート皇帝は、自国の常勝将軍と共に出城の執務室にいた。 「知らなくていいことなど山ほどある。そうだろう、将軍?」 「……御意」  皇帝の脳裏には、西方諸国の中でも手を焼いたユーフラ神聖王国のことが浮かんでいた。リンツァを滅ぼし、後はユーフラを片づければようやく統一への夢が叶う。だが、神への一途な信仰は厄介だ。長年、間諜を送り込んで得た事実は、眉を顰めるものばかりだった。  ユーフラの民が信奉するユタハ神は犠牲を強いる。ユタハの神子は光であり、その影となった者は神子が負う穢れや災厄を全てその身に引き受けて、若くして死ぬ。そして、公然の秘密とされたそれを誰もが当然だと思っている。 「当代のユーフラの神子だがな、神託は生まれ落ちた王子を神子に、との一言だったそうだ。双子の王子を見比べた大神官は、器と魔力が大きい方を影にしたと言った。その方が、穢れの多いこの戦乱の世では、長く使えると思ったのだろう」 「それが影神子だと?」 「そうだ。兄王子でありながら弟の穢れと痛みを一身に受け、若くして死ぬことを定められた。王宮の奥で誰にも知られずに散るはずだった命だ」 「……怒っておいでなのですね」  身代わりを送ってきたことは、間諜からの報告ですぐにわかった。国王も神官たちも、どうせすぐに死ぬ影の命を差し出すことを厭わなかった。 「他国の王家に、どんなおぞましい事実があろうと構わん。だが、己の気に入りが粗雑に扱われたと思うと気分が悪い」  将軍は、全くもって主君の言う通りだと頷く。将軍と皇帝は従兄弟同士であり、考え方がよく似ている。  故国を失った神子は悲しみに暮れているが、どちらにしろユーフラは滅ぼされる運命だったのだ。神子を召し上げ、ユーフラが気落ちしたところを攻めるか、神子だと偽って影を送り込んできたことを理由に攻めるか。いずれも、亡国への道を辿ることしか残されていなかった。 「ところで、解せぬことがある。これまで上手く立ち回って来たユーフラが突然、皇国に反旗を翻したのは何故だ?」 「……」 「将軍、其方、何をした?」 「陛下が切り落とされた神子の髪の一部を侍従から譲り受け、ユーフラの神殿に送りました」 「ほう」  皇帝は常勝将軍の言葉に楽しそうに笑った。
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