Ⅰ.神子

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 ◇◇◇  この大陸では、長きに渡って戦が繰り広げられている。近年は東の大国エルドアートが台頭し、西方諸国を次々に攻め落とした。西方を束ねていたリンツァ王国が滅ぼされてからは、多くの国が皇国の属国となった。残るはユタハ神の元に、独立を固持する僅かな国々のみだ。  ユタハの神が常に神託を下すと言われるユーフラ神聖王国は、西方の聖なる地だ。ユタハ神の大神殿には神託を受け取る神子がいる。エルドアートの皇帝は、そのユーフラに神子を差し出せと言ってきた。  ――清浄なる国の尊き神子を妃として迎えたい。我がエルドアートに参られよ。  婚姻の申し出と言いながら王女ではなく、ユタハ神の神子を求める皇帝に、王も神殿も激怒した。神子ではなく王女をと言っても、皇帝は全く受けつけない。神子を差し出さなければ、それを理由に攻め込まれるだろう。王宮では、連日の討議の末に一つの結論が出た。  ……神子の影を差し出そうと。  ユーフラでは必ず、ユタハ神に仕える神子には影となる者をつける。人である以上、神子には俗世の穢れがつく。それを代わって受けるのが影の役目だ。神子は神託で選ばれるが、影となる者も同時に選ばれる。  今から十七年前。生まれ落ちた王の子は双子の男子だった。大神官は言った。 『誕生した王子は、まさしく神子の器である。先に生まれた者を影とし、後に生まれた者を神子とせよ』  先に生まれた私は王宮の奥深く、秘匿された影の存在となった。僅かに遅れて生まれた弟は神子であり、神の寵児だ。王族から神子が誕生したことに、民は熱狂し国は湧いた。  影である自分が表に出ることは許されず、乳母と僅かな使用人に育てられた。王宮の奥庭に作られた小さな神殿で、ユタハ神に日々祈りを捧げる。国と民の安泰を、父王と弟の幸せを。時折、自分と同じ顔をした弟がやってきて、手を繋いでは何時間も話をした。手土産の甘い菓子を食べながら、外の世界の話を聞く。それが自分には一番の幸せだった。そんな日々が十七年間続いた。  だから、父王の元に一通の知らせが来るまで、思いもしなかったのだ。自分が王宮を出ることがあるなど。  皇帝から贈られた馬車は大層豪華なものだった。ユタハ神の祭日にこっそり王宮の窓から見た祝賀の馬車よりも大きい。見事な体躯の馬たちによって、窓の外の景色がどんどん変わっていく。  馬車は何度も休憩し、十日かかって国境を越えた時に見えたのは、どこまでも広がる平原だった。そこに、横一列に並んだたくさんの騎士たちの姿が見えた。 「……やはり、人質なんだろうな」  国を出る前に弟は言った。  ――これまで多くの国々を武力で制し、戦神と呼ばれてきた皇帝だ。今回も、婚姻とは名ばかりの人質に違いない。 ・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・ 🌟明日からは毎日20:20に更新します^^
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