459人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
Ⅱ.皇帝
エルドアートの皇帝は代々後宮を持ち、妃は皆その後宮に入るとも聞いた。ろくに人に会ったこともない自分が、そんな場所に行くのだろうか。
騎士たちに取り囲まれるようにして、馬車はさらに平原を走る。やがて町が見え、小高い丘の上にどこまで続くのかわからぬ城壁が現れた。城壁の周囲には深い堀がめぐらされ、城に近づく敵を阻んでいる。馬車は傾斜のある道を上り、城壁の一部に門が見えてくると、跳ね橋が下ろされた。吸い込まれるように、馬車は門の中に入っていく。
城壁の中にはさらに城壁があり、奥に堅牢な城があった。少しも優美な様子はなく、噂に聞く華やかな都とは大違いだ。
通された部屋では、すぐに湯浴みをさせられた。ずらりと並べられた衣装と装飾品の中で、私は一番飾りのない服を選んだ。装飾品はいらないと言えば、身支度を手伝ってくれた侍女が困った顔をする。それならばと銀と紫水晶で出来た髪留めを指差した。
「神子様の御髪と瞳の色とご一緒ですわ。さぞお似合いになりますでしょう」
侍女は嬉々として私の髪を梳き、時間をかけて編み込んだ。最後に髪留めをつけ、小さなため息を漏らす。まさに神に仕える御方、なんとお美しいと。
私は曖昧に礼を言った。神子に美醜は関係ない。神の言葉を聞き、神託を受け取れるかどうかだけが大事なのだ。それに、神子の影となる者はみな必ず髪を伸ばす。髪には神子を護る力が宿るためで、着飾ることは必要ない。
皇帝が待っていると通された部屋は、謁見の間だった。中央の椅子に足を組んだ男が座り、左右に男たちが立ち並ぶ。どの男たちも、がっしりと鍛えあげられた体躯をしていた。
「これはまた……。さぞ大切に飼われてきた小鳥のような」
低い声が中央から放たれ、すぐ隣に立っていた男が小声で諫める。気にした様子も見せずに、椅子に座っていた男が立ち上がった。あっという間に大股で歩いて目の前に来ると、私よりも頭二つ分は背が高い。皇帝は思っていたよりもずっと若く、黒髪黒目で意志の強そうな眉をしている。
「待ちかねたぞ、ユーフラの神子。遠路はるばるよくぞ来た、噂に違わぬ美しさだな」
「お会い出来て光栄に存じます、皇帝陛下」
「麗しき姿を引き立てるものを贈ったはずだが、気に入らなかったか?」
「いいえ、どれも見事でした。ですが、私には必要ありません。身を覆うものさえあれば十分。それに、美しい髪留めを一つ頂戴致しました」
皇帝の瞳を見上げれば、夜空のように輝いている。じっと見つめると、皇帝の口元が綻んだ。
「……なるほど、神子とは欲のないものだな」
最初のコメントを投稿しよう!