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皇帝はくるりと後ろを振り返った。
「ユーフラの神子を、東に」
何のことかと思えば、私の部屋を城の東に用意せよとの話だった。皇帝の言葉通り、城の東側に用意された部屋は大層豪奢なものだった。しかも一室ではなく応接間に寝室、食事をするための部屋に衣装部屋と、使い切れないほど多くの部屋がある。
さらに、部屋には侍女や侍従が何人もいた。正直言って困惑するばかりだ。神子の影である自分には、今まで侍従が一人いただけだ。いつも忙しなく働いていた侍従に頼みごとをするのは気が引けたから、自分のことは自分でした。使用人が大勢いても、何をしてもらったらいいのか考えつかない。それに、近くに人がいるのは落ち着かなかった。
仕方なく侍従長を呼べば、皇帝の御命令ですと繰り返す。ならば、直接話すから皇帝に会わせてくれと頼み込んだ。別に本人に会いたいわけではないが、今の状況を変えてもらわなければならない。
人払いをして寝台に横たわると、疲れていたのかたちまち睡魔に襲われた。妙な感覚にふっと目を覚ますと、すぐ側に人の気配がする。
「……え?」
「其方は全く、隙だらけだな」
夜空のように黒い瞳が自分を見ている。びっくりして瞳を瞬くと、逞しい腕が私を抱き上げた。
「会いたがっているというから出向いたら、まさか眠っているとはな」
「陛下? い、いつここに……」
「半刻ほど前だ。小鳥の元気がない、陛下に会いたがっておられますと侍従長が言伝をよこした」
そうだったのか。自分のためにわざわざ時間を作ってくれたのか。
「すみません。まさかすぐにいらっしゃるとは思わなくて」
「余が恋しくなったのかと思ったのだが」
「……恋しく?」
皇帝は眉を顰めて私を見る。
「恐れながら、陛下」
「何だ?」
「陛下をお呼びしたのは、私のところにいる侍従や侍女たちを下げてほしかったからです」
「奴らが何か気に入らぬことをしたか?」
「いいえ、何も。私が彼らにしてもらうことを思いつかないのです」
皇帝は益々眉を顰めた。他に言いたいことはと聞くので、それだけだと答えた。皇帝は何も言わず、足早に部屋を出て行った。すぐに侍従長がやってきて、神子様のお望み通りにと言う。
たくさんの従者たちはいなくなり、小柄な青年がやって来た。新しい侍従となったのは、子爵家の三男だ。ノイエとお呼びくださいと朗らかに笑う。自分とあまり年が変わらないのに、彼は世情に詳しかった。城の中のことは何でも知っているらしい。彼の他には侍女が二人。彼女たちは普段、隣室に詰めていて話しかけてはこない。静かで助かる、と言えばノイエはおかしそうに笑った。
「本当に欲のない御方ですね、神子様は」
「……そうだろうか?」
「陛下のご寵愛を受けた方は、この世のどんな贅沢も許されますのに」
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