Ⅲ.空

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Ⅲ.空

 自分が皇帝の寵を得ているかはわからないが、エルドアートの豊かさはすぐにわかった。自分だって一国の王宮にいたのだ。目にしていたものは相応に価値があったはずなのに、何もかもが違う。手にした布の滑らかさ、用意された宝石の大きさと輝き。富の違いとは、こんなにも顕著なものなのか。故国の王宮の中をこっそり歩き回った時に、耳にした言葉が甦る。  ――今後、世界の富という富は全て、皇帝の元に集まるだろう。  私にはユーフラが無事であれば十分だった。戦がないように、国民たちが飢えずに生きていけるように、ずっと神に祈っている。何よりも、いつも神子として人々を導く弟の無事を願っている。  自分が与えられた豪奢な部屋からは、見事な庭園とどこまでも続く空が見えた。あの空の向こうにユーフラがある。弟は元気だろうか。騎士たちに取り押さえられながら自分の名を叫んでいた姿を思い出し、ひどく胸が痛んだ。  城暮らしを始めて一月もすると、ここでの贅沢な暮らしにも慣れてくる。ただ困ったことに、お好みの食べ物をと言われても元々たくさん食べる習慣がない。パンにスープ、少しの野菜。故国ではユタハ神の祝祭日にだけ、肉と果物を食べることが許されていた。ノイエにそう告げると仰天して目を剥かれた。 「だからそんなに細いんですよ! まるで折れてしまいそうじゃないですか!」 「……そんな簡単に、人が折れるわけがない」  ノイエは呆れたようにため息をつき、もっと食べて動いた方がいいと言う。私がこれまで食べていた食事は身分に合わない粗末な物で、平民が日々食べるような食事だと怒っている。 「陛下は神子様のことを気にかけておいでです。どんな願いでも叶えよと命じられております。城壁の外にお出しすることは出来ませんが、何かお求めなものやご覧になりたいものはありますか?」 「……そら」 「空、ですか?」  私は頷いた。飛び切り広い場所がいい。境目のない空を一望できる場所に行きたいのだ。ノイエはわかりましたと言った。城の側塔に(のぼ)れば空が一望できる。この城の周りに遮るものは何もないと聞いて胸が弾んだ。ただ、危ないのでくれぐれも壁から下を覗かないでくださいと念を押された。  ノイエに案内されて、側塔に向かった。螺旋階段を上り、分厚い木戸を開ければ風が流れ込んでくる。目の前には大人の腰の高さほどの鋸壁がぐるりと続き、見上げた空はどこまでも澄んで広かった。ユーフラの奥庭から見上げた、周りが囲まれて切り取られた空とは全く違う。ノイエの注意も忘れて、壁と壁の間から眼下を覗けば、二重の城壁の下に広がる町や畑、遥か彼方には平原や線となってきらめく川まで見通すことができた。 「すごい……!」 「ぎゃあ! 神子様っ!」  ノイエは泣き出しそうな声で、絶対乗り出すなと叫んだ。それでも、私は広がる光景から目を離せなかった。散々注意されたので、それからはノイエの目を盗んで側塔に向かうようになった。
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