Ⅳ.閨 ※

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Ⅳ.閨 ※

「其方を皇都に連れていく」 「皇都へ?」 「そうだ。ここは本来、行軍の拠点として作られた出城だ。兵士たちと補給のための町しかない。向こうに行けば、美しい其方にふさわしいものがたくさんある」  私は首を横に振った。自分は影で、身代わりの神子だ。影である身が、人としてまともに生きられるはずもない。 「どうぞお許しを。私には恐れ多いばかりです」 「ユーフラから遠く離れるのは嫌か?」  即座に頷くと、皇帝は小さくため息をついた。気持ちは変わらないかと聞かれて、何かが心の中でゆらゆらと揺れる。皇帝は私の耳元で囁いた。  ――少しでも気が変わったなら、今宵、寝所へ来るがいい、と。  どうしたらいいのかわからぬまま、時間ばかりが過ぎた。黙りこくる私を心配したノイエが、何があったのかと再三尋ねてくる。私はつい皇帝の言葉を漏らしてしまった。  ……それからが大変だった。すぐに侍女たちが呼ばれた。まだ皇帝の寝所に行くなんて決めてない。そう言っているのに、誰も聞いてはくれなかった。  湯浴みの用意がされ、体中を丁寧に洗われる。予想もつかぬところまでの洗浄ぶりに、衝撃で涙がこぼれた。侍女たちが二人がかりで体を磨き上げ、爪の先から髪の先まで香りのいい油をすりこまれた。こちらをと言われて差し出された夜衣を見て、私は仰天した。 「着る? こ、これを!」 「そうです、下着はお召しになりませんように」  用意された夜衣は、透き通るように薄い布地で出来ていた。ひらひらとした袖が両腕を覆い、たっぷりと使われた透かし模様の生地が足元まで広がっている。透かしで入っているのは細かな花模様で、ため息が出るほど美しい。前をゆるやかに紐で結ぶようになっていて、女性ならばさぞ魅力的に映るだろう。膨らみも丸みもないつまらない体にこの夜衣を纏うのは、ひどく不安で心細かった。  侍女たちは私に夜衣を着せ、髪を丁寧に梳く。最後に薄い化粧を施すと、満足げなため息が聞こえた。すっかり疲弊しきっている私を見て、ノイエだけは心から励ましてくれた。  夜衣に上衣を重ね、皇帝の寝所に向かうのは初めてのことだった。恐る恐る部屋に入っていくと、長椅子で本を読んでいた皇帝が目を見張る。 「これは……驚いたな。本当に来るとは思わなかった」  急に萎れた気持ちになって、もう部屋に帰ろうかと思う。そんな気持ちに気づいたのか、皇帝は立ち上がって私の手を取った。元の長椅子にどかりと座った皇帝は、目の前に立つ私に上衣を脱ぐように言う。 「あ、でも……」  これを脱いだら、下に纏っているのは夜衣が一枚だけだ。戸惑う私に皇帝はため息をつく。 「全く、余に世話を焼かせるのは、其方ぐらいのものだ……」   皇帝は手を伸ばして、私の肩から上衣を滑り落とした。夜衣だけになった姿を見て目を細め、私の体を引き寄せて自分の膝の間に乗せた。 
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