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2.神殿暮らし
――何をしたらいいかわからない時は、とりあえず善行を積め。
一か月後、祖母が言った言葉を思い出して、僕は目の前の薬草を洗いまくっていた。
「セ、センリ様。すみません、私がやります」
おろおろしながら隣に来たのは、もうじき十歳になる下働きのユヤだ。ユヤの目は熱と脅えで潤んでいる。僕に仕事をさせたとわかったら、神官に怒られると思っているのだろう。
今日は散歩の途中で、ふらつきながら水仕事をしている彼を見つけた。熱があるのを知って、自分が代わるからと無理やり木陰で休ませたのだ。神殿の裏には清水が湧く泉があって、さらさらと小さな川になって流れている。その途中に、薬草園や畑でとれたものの洗い場があるのだ。水はびっくりするほど冷たいけれど、休み休みやっているからそれほどつらくもない。
「大丈夫だよ、もう終わった。手伝ったってばれるとユヤが困るかな。内緒にして」
こくこくと頷くユヤにひらりと手を振って、僕はその場を離れた。
部屋に戻ろうと神殿の階段を上ると、神官たちが回廊を歩いていくところに出会った。先頭を歩く端正な顔立ちの若者が立ち止まり、氷のような目で僕を見る。
「おや、お散歩ですか。くれぐれも、危ない真似はなさらないでくださいね。こちらは勇者様から、貴方の身の安全を請け負っているのですから」
僕は何も答えなかった。神殿に入るのは止めて、さっさと背を向けて歩き出した。つんとした態度の神官は、お目付役のスーファレだ。銀髪も深い青の瞳もとても綺麗なのに、態度は最悪だった。他の神官たちが能面のように表情を変えないのもどうかと思うが、まともに口を開くやつが彼だけなのも残念すぎる。
「……勇者様から、かぁ」
この世界で、僕には何の役割もない。達己の言い残した言葉のせいか、何か手伝おうかと言っても丁重に断られ、時間だけが腐るほどあった。
あーあ。僕にできることってないのかな。これじゃあ、近いうちにストレスで死にそう。それにやっぱり、達己にだけ大変なことをさせるのは、おかしいよな。
王宮を挟んで、僕の住む大神殿と魔術師たちの暮らす塔がある。僕はため息をつきながら、魔術師の塔に向かった。パラキオンに来て、知り合いになった魔術師が一人だけいるのだ。敷地の外れにある大樹の根元で、彼の名を呼んだ。
「ナシル!」
「はいはーい」
のんびりした声で目の前に現れた男は、僕と同じ黒髪に美しい紫の瞳をしていた。いつも笑顔の彼を見ると、ほっとする。
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