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僕より頭一つ背が高い魔術師との出会いは、神殿に暮らし始めてすぐだった。ろくに話し相手もおらず、あてもなく散歩していた僕に、ナシルが声をかけてきたのだ。どうやら知らぬ間に、魔術師の塔の敷地内に入っていたらしい。神殿と魔術師の塔と王宮には厳密な境界があって、無暗にお互いの領域に踏み込まないのだそうだ。
ナシルに達己たちの様子を教えてほしいと言えば、空中に旅の様子を映し出してくれる。僕はそれが嬉しくて、しょっちゅう大樹の根元に向かった。
「ねえ、ナシル。僕、やることなくて死にそう。達己は大変な思いをしてるのに」
「えー? センリは勇者を待つのが仕事じゃない? 彼はセンリのために頑張ってるんだから」
「ちょっと違う。勇者になった以上、魔王を倒さないとずっと狙われるからだよ。それに、達己は昔から人を率先して助けるタイプだし」
流されるままに生きてる僕と違って、達己は自分からさっと前に立つ男だった。根っからのリーダー気質っていうのかな。だから、勇者に選ばれたのもよくわかる。
「……まあ、あんまり近くにいると、見えないことってあるよね」
「?」
首を傾げる僕に、ナシルは優しく微笑んだ。
「そうだな。じゃあ、これ」
ナシルは自分の胸に付けていた金色のペンダントを外して、僕に差し出した。細かな魔法陣のような模様が刻まれている。
「なに、これ。大事なものじゃないの?」
「御守りだよ。それに向かって勇者の無事を祈って。この世界では、祈りは結構な力になるんだ」
「え? 御守りならナシルが付けないと」
「俺はすごく強いから、それがなくても大丈夫」
にこにこ笑うナシルに礼を言って、僕はペンダントを受け取った。
客用の一室である僕の部屋は、この神殿の中でも広い方だろう。だが、そこにあるのは机と椅子、ベッドだけだ。ナシルのペンダントを机に置き、指を組んで祈る。毎朝、神殿でお祈りはするけれど、その時よりもずっと心を込めた。
……どうか達己が元気でいますように。無事に魔王の元にたどり着けますように。
真剣に祈った後でベッドに横になると、あっという間に睡魔に襲われた。
気がつけば、林の中にぽつんと立っている。空は夕焼け色で人の話し声が聞こえた。木々が倒され開けた場所で、焚火を囲む人々がいる。少しずつ近づいていくと、何だかおかしい。いつもよりずっと視点が低いのだ。自分の手が茶色の前足に変わっていた。たぶん、僕は夢を見ているんだろう。犬か猫にでもなっているんだろうか。トコトコ歩いていくと、横倒しになった木に腰かけている若者が達己だと気がついた。少し髪が伸びて日に焼けている。思わず走り寄ると、達己がこちらに気がついて目を瞬く。思わず達己! と叫んだのにうまくいかなかった。口からは、甘えた鳴き声しか出ない。
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