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4.対花のためだけに ※
「対花の存在なしに、俺たちは生きていけない」
部屋の中に入って来た男を、僕は呆然と見つめることしかできなかった。
「花食みは弱い生き物だ。こうして、対花の存在を感じていなければ、精神の安定を保つことすらできない」
男は、壁の額を見つめて微笑んだ。彼の瞳に映るのは、間違いなく僕の花だった。
「……しろう」
「凪」
目の前に立っているのは、司狼だ。僕の唯一の花食み。端正な顔が、笑うととても優しい表情に変わる。
「どうして司狼がここにいるの? いくら連絡してもスマホは繋がらないし、住んでるところだって……わからなかったのに」
「ごめん。本当にごめん、凪」
僕は両手を伸ばして、司狼の頬に触れた。凛々しい眉、くっきりとした二重の瞼、高い鼻梁。形のいい唇を指先でなぞれば、ちゅっと指を吸われた。ぞくっと体が震えて、慌てて手を引っ込める。僕はベッドの上で後ずさった。
「本当に、本物の司狼なの?」
「ここにいるのは間違いなく、お前の対花だ。おいで、凪」
――おいで、俺のブーケ。
その言葉は、まるで魔法のように僕の体を動かしてしまう。ふらふらと両腕を差し出した僕の体を司狼は強く強く抱きしめた。
ああ、この広い胸には覚えがある。僕の体を包む逞しい腕もちゃんと覚えている。
僕より頭一つ分ほど背の高い司狼は、いつも少しだけ屈んで僕を見る。それから、優しく僕の唇に触れるのだ。司狼は全部わかっているかのように、僕の唇を優しく食み、ゆっくりと舌を差し入れてきた。その瞬間、僕の体からは強烈な歓びが湧き上がる。
「んッ……」
とろりと口移しに流れてくるのは、愛する花食みの体液だ。それはなんて甘いんだろう。
ほしい。欲しい。もっと……。
目からは勝手に涙がこぼれてくる。僕は泣きながら、与えられるままに司狼の唾液を飲み込んだ。
「凪……。なぎ、何て可愛い」
司狼はため息をついて、僕の体を横にした。
「……司狼。は、離れないで」
「離れないよ、そばにいる」
宥めるように言う司狼の言葉は、どこまでも甘い。僕はまるで小さな子どものように泣き続けた。司狼がここにいることが現実だとは思えず、少しでも離れるのが怖かった。
制服のネクタイを外し、シャツのボタンも一つずつ丁寧に外される。自分でできる、と呟くと優しくキスで止められた。
「俺にさせて。だから、凪は俺の事だけ見てて」
「そんなの……」
当たり前じゃないか、と言うことができなかった。ずっと会いたくて会いたくて、ようやく会えたのに。勝手に涙が出てぼやけてしまうから。
「し、司狼が。み、見えない」
「凪、ここにいるよ。ちゃんと見えるはずだよ、ほら」
両手の指と指が絡められ、頬に伝わる涙が舐め上げられる。瞼にも頬にも、たくさんたくさんキスの雨が降ってくる。やっと涙が止まると、司狼は僕の体を抱きしめた。
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