2.いなくなった対花

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2.いなくなった対花

 僕と陽向の両親たちは、相談の末に子どもたちの進学先を此花学園に決めた。海外駐在が決まっていた僕の両親は、陽向に何度も僕のことを頼むと言った。正義感の強い従兄弟は、何年経ってもその約束を守ってくれている。  窓からは心地よい風が流れ込み、目を閉じるとたちまち眠ってしまいそうだ。うとうとすると、瞼の裏に優しい面影がよぎる。何度も浅い眠りの中で僕に話しかける声。 「大丈夫か? 凪」  はっとして目を開けると、端正な顔が目に入る。 「す、(すばる)? ああ、ごめん。運んできてくれたの?」  目の前にいるのは、同じクラスの昴だ。数日前に転入してきた彼は、びっくりするほど僕の大事な司狼(しろう)に似ている。司狼が僕の元に帰ってきた! そう思って、初めて会った時は飛びついたくらいだ。他人の空似だとわかり、平謝りに謝った。  昴のすぐ後ろで、陽向が不服そうに口を尖らせている。自分が凪の朝食を運ぼうと思ったのに、危ないからとトレイを取られたと叫ぶ。僕はトレイを見て成程と思った。  トーストセットにサンドイッチ、牛乳にオレンジジュース。念のためだろう。栄養剤も何本かトレイに載っている。小柄な陽向には重いだろう。  花生みが花を咲かせるためには、多くの栄養がいる。生み出すばかりで食べなかったら、たちまち栄養失調で倒れてしまうからだ。陽向が僕を心配してくれているのがよくわかった。 「ありがとう、昴。陽向も心配かけてごめん」 「俺は、ずっと凪を守るって決めてるんだから!」  全く余計なことをして、と目で訴える陽向に昴は苦笑している。まっすぐで可愛い陽向。彼がいてくれるから、僕は立ち上がることができる。  自分たちの朝食をとってきた二人と一緒に、僕は食欲のない体に何とか食べ物を詰め込んだ。それでも、半分食べたところで限界だった。今日はもう授業を受けられそうにないので、陽向たちに付き添われて医務室に向かう。  此花学園には専門の医師と看護師が常駐している。生徒の体に異変が起きればすぐに診てくれるし、精神的に不安定になっていればカウンセリングが受けられる。  柔らかな物腰の医師は、この学園の卒業生だ。僕から話を聞き、診察を行った彼は眉を顰めた。 「自分がどんな状態か、わかるかな?」 「大体の予想はつきます」 「花生みとして、とても危険な状態なんだ。立ち入ったことではあるが、君には、恋人である対花(ついのはな)がいるだろう?」  僕は、静かに頷いた。
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