2.いなくなった対花

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 一年前、僕は二つ上の先輩、司狼に恋をした。彼は花食みで、とても美しくて優しい人だった。彼に好きだと告白されて、このまま死んでもいいと思うぐらい嬉しかった。  ――この人に自分の花を食べてほしい。  そんなことを思ったのは、生まれて初めてだった。その思いと共に僕の体からは蔓薔薇(つるばら)が生まれた。見る間に蔓が自分の体に巻きつき、ぎりぎりと締め上げる。自分から生まれた蔓薔薇なのに、蔓が自分を傷つけるのを止めることができないのだ。締め上げられる苦しさに幾つも涙がこぼれた。すると、彼は僕の体に巻き付いた蔓薔薇をすぐさま必死で剥がし始めた。美しい指に(とげ)が刺さり血だらけになっても、少しもひるまなかった。最後の一本の蔓薔薇が引き剥がされた時、彼は僕を抱きしめて、安心させるように囁いた。 『良かった。もう、大丈夫だ』  彼の指先は裂け、ひどい状態だった。頬にも腕にも、薔薇の棘で傷ができていた。中には棘が刺さったままの場所もある。傷だらけの愛しい人が、僕に向かって微笑む。 『凪、好きだよ。愛している』  言葉にならず涙が溢れると、辺り一面に甘い花の香りが漂った。薔薇の棘も厭わず、花食みが花生みの薔薇を取り除いた時、二人は互いに唯一つの存在となる。夢物語のようなただ一人の相手、対花(ついのはな)が確かに存在するのだと、僕は彼の腕の中で初めて知ったのだ。  花食みの献身が伝わって初めて、花生みは二つとない愛を実感する。 「……君の対花は今どうしているのか、聞いてもいいだろうか?」  医師は静かに言った。彼は僕の状態から何が起こっているかわかっている。それでも確かめなければならないのだ。 「行方がわかりません。三か月前にこの学園を卒業した後、全く連絡が取れなくなりました」 「では、君はこの三か月間、彼とは全く触れあっていないってことだね。その……、失礼だけれど他の花食みとも」  僕は頷いた。花生みと花食みは共生関係にある。花食みにとって僕たちの花が一番の栄養なように、僕たちも花食みから栄養をもらうことが必要だ。そう、一番の栄養は花食みの体液を受け取ること。何よりもただ一人の恋人……対花からの愛こそが、花生みに至高の花を咲かせる。 「君は、花食みから水やりを……栄養補給を全くされていない。そこに、今起きているのは」 「狂い咲き、ですか」  医師の言葉を引き取るように言うと、彼は苦し気にそうだと言った。僕は丸一日、栄養補給の為に点滴を受けて過ごすことになった。脱水状態に近い体に、短時間での点滴は難しい。少しずつ輸液を入れていくしかない。  腕に繋がれている管を見ながら、僕は答えのない問いを何度も繰り返す。  ……ねえ、司狼。どこに行ったの? 僕のこと、もう嫌になった?  名を呟けば、苦しくなる。だからずっと、彼の名を口にしていない。でも、気がついたのだ。口にしない分だけ、彼の名は心の奥深くに刻み込まれる。
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