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彼を求めて咲く花は、夜の眠りの中で生まれる。だから本当は眠りたくない。夜は繰り返し、同じ夢を運ぶ。僕を縛りつける蔓薔薇を引き剥がして、彼が抱きしめてくれる夢を。
仕切られたカーテンの向こうから、小さな話し声が聞こえる。いつの間にかぐっすり眠っていたらしい。陽向が迎えに来てくれたのだろうか。
「君たちは、彼の友だち?」
「俺は凪の従兄弟です。こっちは凪のクラスメイト」
「ああ、親戚なんだね。これから、ご両親にも連絡をとろうと思うんだけど、彼の状態はあまりよくないんだ」
「凪の両親は海外にいるので、非常時の連絡先はうちです。状態がよくない、ってどういうことですか?」
「狂い咲き、はわかる?」
「えっ!」
医師は懸命に僕の様子を伝えようとしてくれていた。
唯一の相手を得た花生みは、対花と長く触れ合えずにいると、たくさんの花を生んでしまう。花食みの好物である花を多量に生むことで相手の興味を惹き付け、誘おうとするのだ。本能とはいえ、当然、体は消耗して弱り続ける。
「こ、このままじゃ」
「最悪の場合も考えられる。私は花食みだけどね、自分の花番をこんな状況にするなんてあり得ない。同じ花食みとして、彼の対花に恥を知れと言いたい……!」
「お、俺は……凪を守るって決めてるのに」
僕は目の奥が熱くなって、思わずこぼれそうになる涙を必死で堪えた。優しい陽向。この学園に入る時も、彼がいたから何も心配しなかった。
「……凪、起きてる?」
カーテン越しに陽向に声をかけられ、僕は今起きたふりをした。
点滴のおかげで、体はだいぶ楽になっていた。ただ、根本的な解決にはなっていないと医師は言う。
様子を見に来てくれた昴と別れ、寄宿舎まで陽向と帰る。陽向が、凪が寝るまで一緒にいたい、部屋に入っていいかと言うので、僕は固く断った。
「もう大丈夫だから、心配しないで」
「するよ。俺は凪が笑うようになるまで、ずっと心配する」
「……陽向」
陽向は僕の手首を見て、今にも泣きそうになる。
「凪、この手は細すぎる。まるで今にも消えてしまいそうで怖いよ」
「たくさん心配かけてごめんね」
僕が謝ると、陽向は首を振る。一人で部屋に入り、僕は大きなため息をついた。
「陽向、本当にごめん。……見せられるわけがないんだ」
一歩入った途端、甘い香りに包まれる部屋。そして、ベッドには一面の芍薬の花。
溢れて床に落ちた花を一つ一つ拾っては、ゴミ箱に入れた。部屋の中には、もう何袋も花が入った袋がある。陽向に見られたくなくて、最初はこっそり早起きして収集所に捨てに行っていた。でも、最近は体が怠くて早起きができない。
真っ白な僕の花。
……花食みを誘うための花。
彼に愛してほしくて咲く花が、全てただのごみになる。
「ごめんね」
新たにゴミ箱に入れた花の上に、涙が一粒落ちる。必死で咲いた花に罪はない。それでも、この花を受け取ってくれる人はいないのだ。幾つもの花を膝に乗せて、僕は床に座った。
『凪の花は、誰よりも綺麗だ』
そう言って、愛おし気に口に運んだ司狼。彼と過ごした懐かしい日を思い出して、とめどなく涙が溢れた。
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