人を殺す歌声

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人を殺す歌声

 俺は望遠鏡越しに我が騎士団の有志を見守っていた。  ここからは1キロ以上離れている。ここならばあの怪物の歌声は届かなく、安全だ。  今回、怪物討伐に手を挙げた騎士は若手の槍使いだった。怪物の背後にこっそりと近寄っている。まだ距離は200メートルくらい離れている。  国王が俺に言う。 「シンカー、状況を報告してくれ」 「はい、国王様。順調に近づいています。まだ怪物は気づいていません」  俺の役目は望遠鏡で状況を報告することだ。望遠鏡を持っているのは俺だけのため、他のメンバーたちには状況は見えない。  怪物のせいで町を転々としているため、望遠鏡もこの一つしかないのだ。  槍使いの騎士は150メートルまでの距離に近付いた。怪物は騎士には気づかず、反対方向を向いている。今までの戦いの中で、これまでにないほど順調に近寄れている。  怪物まで125メートル。  怪物まで100メートル。その時、騎士の足音に気づいたのか怪物が振り向いた。 「やばい! 怪物に気づかれました!」  俺は望遠鏡で覗きながら叫んだ。  俺の声は騎士には聞こえないが、騎士も怪物が振り向いたことに気づいたようだ。  騎士が怪物めがけて走り出した。    騎士が槍を持つ右手を大きく振った。  その手から離れる直前、怪物が大きく口を開けた。  空気が震え、上空を飛んでいた鳥が落下する。  騎士の右手から槍は放たれたが、その放物線は怪物までは届かなかった。 「し、失敗です。騎士が倒れました」  俺は報告した。望遠鏡を持つ手が震えた。  国王が大声をあげる。「耳栓をしていたのではないのか!」  近くにいる技術部隊のマシナが頭をさげる。「すみません! 完全防音に近い耳栓を作ったのですが、あの距離では聴こえてしまうみたいです……」  あの怪物には最大の武器があった。それは歌声だ。怪物の歌声を聴いた生き物は死ぬ。  怪物が翼を広げた。  俺は皆に報告した。「怪物が飛びます。方向はこちらです。退散しましょう!」  我々は幾度となく町を捨ててきた。人数もどんどん減っている。このままでは絶滅する。 □□□  対策会議。 「次の作戦を報告します」    いつも作戦を考えるのは王国一の頭脳の持ち主であるジーニアスだった。  ジーニアスが今回取り出しのは火縄銃であった。 「これで、怪物を仕留めます。これなら500メートル先からでも獲物を狙えます。今回、我々は怪物に100メートルまで近づきました。次の作戦は成功します」  国王が質問する。「だが、銃を扱える者はいるのか。もう我が軍は大部分を失っている」 「騎士団で一番射撃の上手い者を連れてきました」  入ってきた男、スナイパが頭をさげる。「私にお任せください。必ず仕留めます!」  国王が不安点を質問する。「怪物は動いているんだぞ。羽もある。当てられるのか?」  ジーニアスが説明する。「怪物が食事中を狙おうと思います」  いける、この作戦ならいける。俺も、皆もそう思った。 □□□  俺は望遠鏡を覗いた。 「怪物は、D3地点の川辺にいます。川の魚を狙っているようです」 「ラジャ。場所指示します」  連絡係が片耳にイヤホンをはめた。    今回の作戦では、連絡係もいる。トランシーバ型の機器で、スナイパと連絡をとって位置を決める。  スナイパが崖の上で寝そべって、火縄銃を構えた。  連絡係が片耳を押さえる。「スナイパから連絡がありました。ちょうど、怪物が見える位置だそうです、やりますか」 「待ってくれ、まだ怪物が動いている」俺は指示した。「怪物が獲物を捕らえてからにしましょう」  怪物が川に首を突っ込み、餌を探っている。  まだ動き回っている。このままでは外す可能性がある。外したら一貫のおしまいだ。銃声で怪物に気づかれ、怪物は歌いだす。  数分間、見守っていたところ、動きがあった。怪物が大きな魚を捕らえた。その魚を咥えて、岩場に移動する。怪物が魚を岩の上に置いた。  俺は伝えた。「怪物が食事を始めました、今です!」 「ラジャ。スナイパに伝えます」連絡係がトランシーバに話しかける。「怪物が食事を始めました。撃てますか?」  連絡係がグーサインを出す。  俺は望遠鏡で怪物を覗いた。標的にされているとも知らず、呑気に食事中だ。  次の瞬間、怪物の脇腹から血が飛び散った。 「命中ですっ! 怪物の腹に当たりました!」俺は望遠鏡を構えながらガッツポーズをとった。 「「やったか!」」  みんなも歓声をあげる。  俺は望遠鏡を再び覗いた。  怪物が首をあげる。大きく口を開けた。  まさか。  俺はスナイパがいる崖を望遠鏡で追った。  スナイパが倒れた。怪物が死の歌を奏でたのだ。  ドサッと、横で連絡係が倒れた。イヤホンをしていた方の耳から血が流れていた。  トランシーバから流れる音声でやられたのか。  音漏れでもしていたら俺もやばかった。  怪物の方に望遠鏡を向けた。翼を広げ、空にあがっていく。 「退散してください! 怪物はまだ生きています!」 □□□  作戦会議。  俺は報告した。 「怪物はダメージは負っています。ただ、まだ空も飛べるレベルです」 「く、この作戦もダメだったか」国王が悪態をつく。  ジーニアスが言った。「国王、今回は失敗しましたが、確実に前進しています。今回は銃を撃つのが一人だったので失敗しましたが、複数人で一気に撃てば仕留められます」 「そんだけの銃を用意するのにどのくらいかかる?」国王が技術部隊のマシナにきく。 「これから素材も集めますので……2週間はほしいです」 □□□  夜。みんなが寝静まったのを確認してから、俺は寝床から出た。こっそりと、みんなに気づかれないように。  待ち合わせ場所に行く。まだいない、俺が先に着いたようだ。  10分ほど待って、彼女はやってきた。 「シンカー、待った? ごめんね」 「いや、俺も今来たばっかりだよ」 「シンカー、会いたかったわ」 「俺もだよ、プリン」  俺たちは抱き合った。怪物に王国が脅かされている一大事に何をやっているのかと怒られそうだが、こんな時だからこそ、いつ最期になるか分からないからこそ彼女と愛を育みたかった。  プリンが俺の背中に手を回しながら言う。「わたしたちのこと、いずれお父様にバレちゃうかも」 「ええっ! もしかして、夜にこっそり会っているのがバレた?」 「ううん、今もぐっすり眠ってる。でもこの前、『お前、好きな人でもできたのか?』って聞かれた」 「ええっ! なんて答えたの、まさか俺のことは言ってないよね」 「ううん、言ったらお父様、怒ると思う。わたしには、お父様が決めた許嫁がいるから」  俺は王国の禁忌を犯している。国王の一人娘に手を出してしまっているのだ。 「バレたら、処刑だよな……。でも、それよりも前にあの怪物に歌い殺されるか」 「怪物をやっつける算段があるってお父様は言っていたけど?」 「銃を何人かで一斉に撃つ作戦だろ。あれはたぶん、失敗する」  王国一の銃使いはもういない。他の奴で当てられるかは微妙だ。それに、今回500メートルのいい位置をとれたのは奇跡だ。その前に怪物がきまぐれで歌った時点でアウトなのだ。  銃の用意にも時間がかかる。その前に怪物が俺たちのところいやってくるかもしれない。  プリンがため息を漏らす。「そうなんだ、また作戦は失敗なのね。あの怪物に歌い殺されるくらいなら……わたし、お父様にあなたとのことを打ち明けて死刑になってもいいわ」 「そんな心中みたいなことをしても……」  しかし、いずれは俺たちのことはバレるだろう。バレなかったとしても、プリンには許嫁がいる。俺とプリンが結ばれることはない。  俺が国王の娘と付き合っていることがバレたら、俺だけではなく、俺の兄弟、両親も肩身が狭くなるだろう。俺だけの問題ではない。  一家の恥で終わるくらいなら、ヒーローになってみるか。 「プリン、聞いてくれ。俺の作戦を……」 □□□  夜明け前。俺は技術部隊のマシナにこっそりと作ってもらった物を持って怪物のところに向かった。この作戦は俺一人で決行している。みんなはまだ銃作りと、射撃の訓練に身を費やしているところだ。  まだ怪物は寝ている時間だ。怪物は木の上で寝ている。夜更け前から望遠鏡で位置は確認していたので、近くまでは難なく行けた。  俺が、怪物がいる木の下まで行った時、怪物は気配で起き上がった。 「さすがに、ずっと寝ていてはくれなかったか」  怪物が大きく口を開いた。  ただ寝ているところを狙う作戦ではない。ちゃんと怪物の歌声対策もしてきた。ここに来る前に、両耳を針で突き刺してきた。俺は自分の鼓膜を破ってきた。 「耳の聞こえなくなった俺には、お前の歌声も聞こえないはずだ」  怪物が大声で歌った。  木の上で寝ていたリスが落下した。  俺も堪らず膝を落とした。  あれ……? 耳が聞こえなくても、駄目なのか。  頭の中に微かに歌声のような振動が伝わった。  目から暖かい血のような物が流れるのを感じた。  消えゆく意識の中、国王の娘、プリンのことを想った。
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