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1.婚約者の恋
「フロル様! 大変です、大変!」
血相を変えて部屋に入って来た侍従に、優美な貴族の若者が目を向けた。
流れる銀色の髪に紫水晶のきらめく瞳。目が合った者は皆、一様に頬を染める美しさだ。その主を見ても侍従の眉間には皺が寄ったままで、隣に来た途端、声をひそめた。
「す、好きな方ができました」
「えー! カイ、いつの間にそんな人が? 全然知らなかったよ。おめでとう!」
屈託のない主の笑顔に、侍従はぎりりと歯を噛み締めた。
「何で私の話なんですか? そんなこと、どうでもいいんですよ!」
今、お前が自分で言ったんだろう、と言うのを主は堪えた。優秀な侍従だが、少々気が荒い所がある。下手なことを言えば噛みつかれてしまいそうだと思ったのだ。
「違いますよ! レオン様です! 好きな方ができた、と周りに言ってらっしゃるそうです」
「へ?」
シセラ王国王太子、レオンの婚約者であるフロル・クラウスヴェイク公爵令息は、予想もしなかった言葉に大きく瞳を見開いた。
「そ、それ、本当なの? レオンに好きな人ができたなんて知らなかった。祝福してあげたいところだけど……」
「何をおっしゃるんですか! 殿下の婚約者はフロル様なんですよ!」
「うん、わかってる」
人生はままならない、とはよく言ったものである。気が動転したまま、フロルは侍従の言葉を聞いていた。
この世には男女以外に、アルファ、オメガ、ベータという三つの性別がある。アルファは国々にごく僅かしかおらず、オメガはさらに少ない。大半の人間はベータだ。人なら誰もが魔力を持つが、アルファの持つ魔力は大きく、ベータやオメガの持つ魔力は小さかった。
大陸に人々が集って国々が生まれた遥か昔、どの国も魔力の最も大きなアルファが王となり国を治めた。王を支える者たちも皆、多くの魔力を持つアルファであり、彼らは国の中枢を担う貴族となった。
支配層となったアルファたちは多くのベータやオメガを従えたが、オメガを忌避する者も多かった。オメガには、平均して三月に一度の発情期がある。発情の際に香りで自分たちを誘い、見境なく惑わす魔物だと考えたのだ。迫害されることの多かったオメガたちは、森や山奥、あるいは人目を避けるように町の片隅に身をひそめて暮らしていた。しかし、見目麗しい者が多いオメガは、男でも子を孕むことができるという大きな特性がある。
大陸の中央に位置するシセラ王国は、そんなオメガたちから優秀なアルファが生まれることに、いち早く気がついた。切れ者であった時の宰相は自国のオメガを探し出して手厚く保護し、オメガであれば他国民でも受け入れるべきだと王に進言した。
魔力の強いアルファはオメガからしか生まれない。それならば、忌避するよりも保護すべきだ。希少なオメガが集まれば、多くのアルファが誕生する可能性がある。それは先々、国の発展につながるだろう。
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