1.婚約者の恋

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 英邁(えいまい)な王は宰相の進言を受け入れ、目論見(もくろみ)は見事に成功した。噂が噂を呼び、命がけで多くのオメガがシセラを目指す。周辺の国々が気づいた時には、シセラは他国に抜きんでて多くのオメガとアルファが暮らす国となったのである。  フロルは件の宰相の曾孫であり、シセラ王国きっての大貴族、ルドルフ・クラウスヴェイク公爵の末子だった。 「フロル様、のんびりしたことを仰ってる場合じゃないですよ! レオン様はアルファの王太子、フロル様はシセラ一の高貴なオメガ! 神のお決めになられた最上の組み合わせなんですから」 「それはまあ……。僕とレオンは生まれた時から決められた婚約者同士だからね。実際は、兄弟みたいなものだけど」 「そんな、他人事みたいに! お二人の仲の良さは誰もが知っております。それに、あと二か月でご婚姻の儀ではありませんか」 「……そう、問題はそこなんだ」  シセラ王国では、王太子が成人する十八歳の誕生日に、生涯の伴侶となる者との婚姻の儀を行う。レオンとフロルの為に、何年も前から式典の準備は着々と進められていた。  元々、先王とフロルの祖父は双子だった。王位はいらないと言った弟王子が莫大な領地と財産をもらったのがクラウスヴェイク公爵家の始まりである。領地の分散を防ぎ血統を維持するために、王家は公爵家と常に友好関係を保持する必要がある。そこで、従弟同士である現王と当代のクラウスヴェイク公爵は子ども同士を結婚させることに決めた。よくある政略結婚だ。  現王に待望のアルファの王太子が誕生した時、公爵家には半年前に誕生した四男がいた。シセラの王族や貴族たちは生まれた時に宮廷魔術師に第二の性の判定を依頼する。公爵家は男ばかりの四人兄弟で、上から三人はアルファだが四番目のフロルはオメガだった。男でもオメガなら子が産めるし、年回りもいい。王太子が一歳の誕生日を迎える時には、めでたく婚約が結ばれた。 「王族や貴族の結婚は、家同士の契約だ。まして、王太子の相手となれば、周りの貴族との力関係や他の国々との情勢まで考慮に入れながら選ばれる。僕とレオンが結婚するのが、一番いいのはわかってるんだ。どうして式も間近な今になって……」  フロルは小さくため息をついた。真面目な王太子は書庫に引きこもることが多くて、浮いた噂一つ流れたことがない。自分との仲は定められたことだ。好きな相手の一人位いないのかと、フロルはよく考えた。レオンに冗談交じりに尋ねてみても、つまらなさそうに首を振るばかりだった。 「レオンに近づいた者は今までにもいたと思うんだけど、どれも話題になる前に消えていただろう? 今回は、どうやって出会ったんだろう?」 「それが、先月のロベモント侯爵の夜会の時だって話ですよ」 「夜会……」  フロルはすぐに思い出した。 「それって、あの仮面舞踏会?」
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