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僕は兄の側に駆け寄り、服の袖を引いた。
「兄様、名ばかりの貴族って?」
意味はよくわからなかったけれど、兄の友人の言葉は僕を不安にさせた。兄は困ったように眉を寄せ、しゃがんで僕と視線を合わせた。
「心配しなくていいよ、メイネ。お前のためにも、兄様がもっと頑張るからね」
僕は兄が好きだった。穏やかで優しい兄の青い瞳を見ていたら、寂しさも不安もなくなる。
「たくさん頑張らないとだめなの?」
「うん。アルファならもっと色々なことができないといけない」
「いろいろ? 難しいこと? ぼくがお手伝いしようか?」
「ふふ、ありがとう。メイネがもっと大きくなったらね」
兄に抱き上げられて、僕は嬉しくてたまらなかった。アルファって大変なんだな。でも、大丈夫。僕が必ず兄様を助けてあげる。兄にそう言うと、笑いながら頬ずりをされた。
真面目な兄は僕に言った言葉を守り、少しでも人脈を広げようと努力を重ねた。そんな中、一枚の招待状が父宛てに届いたのだ。兄は父から連絡を受けて、急遽屋敷に戻った。
「……今回ばかりは欠席というわけにはいくまい。世に名だたる公爵家からの招待なのだから」
「とうとう末のお子様をお披露目されるのですね」
「ああ。大層愛らしく利発な方で、閣下は掌中の珠のごとく大切にされていると聞く。十の歳まで王家とお身内しか姿を見た者はないそうだ。この日は国中の主だった貴族が集まることだろう」
父と兄の話から、公爵令息の披露目であることがわかった。貴族の子弟は十五の歳に王宮で主催される夜会に出席し、はじめて社交界へと正式に足を踏み入れる。だが、名だたる貴族はその数年前に自分の屋敷で我が子の披露目を行うことが多かった。子どもが社交界や王立学園に入る前に存在を印象付け、人脈を作る足がかりとしたのだ。
本来なら父母が公爵家に赴くところだが、母は一年前から病を得て伏せっていた。日に日に容体は悪くなるばかりで、父は母から離れられない。兄に自分の代理を命じ、僕も連れていくようにと言った。人を招くこともなく社交の場をろくに知らずに育った我が子を不憫に思ったのだろう。
そんな父の思惑も知らず、僕は嬉しくて仕方がなかった。母が伏せってから屋敷の中は暗く、父は母に付きっ切りだ。大好きな兄と出かけるのだと指折り数えてその日を待った。本来なら新しい衣装を仕立てるものだが、母の治療には莫大な金がかかり少しの余裕もない。兄の幼い時の服を侍女が手直ししてくれて、僕の支度とした。
当日の朝、僕は兄と共に馬車に乗り興奮してしゃべり通しだった。兄は僕を見て微笑みながら、優しく言い聞かせた。
「あちらに着いたらいい子にしているんだよ。今日は人がたくさんいるから、兄様から離れないように」
「うん、わかった」
「今日の主役の公爵令息はお前より二つ上だ。フロル様とおっしゃる」
「フロル……」
口に乗せると柔らかな名だった。どんな子だろう。僕は貴族の子弟と付き合ったことがなかった。兄はそれも心配していたのだろう。
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