1.幼き日

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 挨拶がすんで兄や大人たちが話を始めると、僕は広間の隅に並べられた椅子に座って果実水を口にした。喉が潤って一息ついていると、目の前がさっと暗くなる。美しい身なりの少年たちがじっと僕を見ていた。 「ねえ、君はどこの家の子?」 「さっき、フロル様に何て言われたの?」 「手を握られてたでしょう。仲がいいの?」  矢継(やつ)(ばや)に質問されて、僕は何度も瞬きをした。答えない僕に()れた一人の少年が、僕の手を取って近くのバルコニーへ連れていく。バルコニーには大人は誰もいなかった。  質問攻めは続き、僕がなんとか自分の名を答えると、一番背の高い少年がふんと鼻を鳴らした。 「ヘルマン? あの落ちぶれ伯爵の?」 「そういえば、身に着けている物も何だか古くさい」  自分の家や服を馬鹿にされた言葉に、かっと頭に血が上った。初めて会ったばかりの彼らに、なんでこんなことを言われなくてはならないのか。  兄を探そうと走り出すと、背の高い少年が僕の前にさっと足を伸ばした。あっと思う間もなく、その足に引っかかってバルコニーの床に転がる。たちまち笑い声が起こり、痛みと恥ずかしさで目の奥が熱くなった。ぽろりと涙がこぼれた時、駆け寄った少年に体を抱き起こされた。 「大丈夫?」  銀色の髪が揺れて、紫水晶の瞳が心配そうに僕を覗き込んでいる。僕は大丈夫と答えるのが精一杯だった。彼はほっと息をつくと、近くの使用人を手招いた。小声で一言囁くと、すぐに使用人が走っていく。 「医師に診てもらおう。隣の部屋に控えているから」 「お医者様? そんな……」 「でも、どこか打っているかもしれない」  こんなことで、と言いかけた言葉が喉の奥でつかえた。母に医師を呼ぶたびに、いつも大変なお金がかかる。だから、僕の家ではそう簡単に医師を呼ぶことができない。薬草に詳しい乳母が作る薬で怪我も病気もしのいできた。  僕に足を出して転ばせた少年が、震えながら声をかけてくる。 「フロル様、あの、その子が勝手に……」 「君は彼に謝罪するべきだ。卑怯な真似をしたんだから」 「えっ」  バルコニーには緊迫した空気が流れ、すくみ上がった少年が僕に謝罪の言葉を告げた。  ちょうど僕を探していた兄が、バルコニーまでやってきた。僕の手を握っている相手を見て兄は動揺し、何があったのかと聞いた。僕はすぐに兄の腕の中に飛びこんだ。 「……もう帰りたい」  そう言った途端に涙が出た。兄の腕の中で、ただ帰りたいと繰り返した。心配してかけられる声も少年たちの泣き声も、もうどうでもよかった。兄はうろたえつつ頭を下げ、僕を抱えてその場を退出した。  何があったのかと何度も兄に聞かれたけれど、僕は何も言わなかった。その日僕が受けた痛みはその後も長く続いた。それは初めて知った痛みだった。  あの美しい少年と僕は違う。着飾った少年たちとも違う。  一人の人間の価値は決して同じではない。それは家格や財産によって勝手に決められてしまうのだ、と。
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