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フロルは動揺した。
今までになく動揺した。
使用人頭のダナエが、フロルとレオンを新しい客室へと案内した。今まで使っていた部屋よりも断然広い。調度品はカイが選んだだけあって、どれも美しく豪奢なものばかりだ。床にも毛織物がたっぷりと敷き詰められている。
フロルが長い睫毛を何度も瞬いていると、ダナエがああ、と言った。前のお部屋のものはすぐに運びますのでと言われて、フロルは首を横に振った。
「いや、荷物の事じゃなくて。えっと、レオンと、お、同じ部屋……?」
「はい、カイ様から番同士のお二人は同じお部屋へと仰せつかりました」
「……つがい」
「カイ様がお二人用の寝台を探してくると言っておられますので、それまでは別々になりますが」
「ベ、ベッドまで?」
急に顔が熱くなった。どっどっと動悸がしてくる。
(カイは何だって、急にそんな……)
フロルが胸を抑えた時、部屋を見回していたレオンがすぐ隣に立った。
「急にやってきて、すまない」
レオンはダナエを真っ直ぐに見て、突然の来訪を詫びた。さらには、部屋を用意してくれてありがとう、世話をかけたと労われて、ダナエは言葉を失くす。ダナエの知っているアルファたちは、もっと傲慢な者ばかりだった。まともに礼を言われたことなどない。
「……どうぞ何でもお申し付けください。お茶のご用意をいたします」
ダナエが出ていったあと、レオンはフロルに向かって微笑んだ。
「フロルと同じ部屋だなんて、子どもの時以来だな」
「あ……うん」
幼い頃、いつも一緒に過ごしていた二人は、遊び疲れて眠ってしまうことがよくあった。王宮には、そんな二人のために一つの部屋が用意されていた。部屋の中にはベッドが二つ並んでいたが、二人はいつも片方のベッドで抱きしめあって眠った。
(でも……あの時とは絶対、一緒じゃない)
シセラの塔で思いが通じあい、ようやく共にいられると胸がいっぱいになった。それでも、こうして改めて部屋を用意されると、何だか緊張してしまう。
「フロル?」
「え、えっと。へ、部屋が同じなの……嫌じゃ……ない?」
レオンの青い瞳が不思議そうに瞬く。フロルはどう伝えていいかわからずに慌てた。
「ほら、何ていうのかな、ずっと一緒にいたら息苦しいっていうか」
「いや、そんなことは」
「こ、この城にはたくさんの部屋があるから。言えばカイが他に部屋を用意してくれると思うんだけど」
フロル、と名を呼ばれ、細い手を大きな両手で包み込まれる。レオンはフロルとしっかり目を合わせた。
「俺はフロルと一緒にいられて嬉しい。カイに大声で礼を言いたいぐらいだ。フロルは嫌なのか?」
レオンの声にはひそかな不安が混じっていた。同時に、フロルを見つめる瞳にはまるで幼子が縋りついてくるような必死さがある。
「……嫌じゃ、ない」
小さな呟きを聞いたレオンの顔が、ぱっと明るくなる。無邪気な子どものように嬉しそうな顔を見て、思わずフロルは頬を緩めた。そんなフロルにレオンはそっとキスをする。そのまま広い胸の中に抱き込まれて、フロルの心臓が急にとくとくと動き出す。
(これは、なんだろう……)
フロルは自分の変化にとまどっていた。この胸の高鳴りは、最近頻繁に起こる。それだけではなく、頬も火照っているのだ。それは、フロルにはこれまで経験のないものだった。
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