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カイの城に来てから二週間後、フロルはリタの淹れるお茶を飲んでいた。
「突然、動悸がするのですか?」
「うん。いきなりなんだ」
「……何かお疲れが出ておられるのでしょうか。夜はよくお休みになれますか?」
「それが、眠りが浅くてすぐに目が覚めてしまう」
カイの城は、人から見たら神々が住まうと思うような高い山上にある。雲海が連なる絶景を見下ろしながら、フロルは小さくため息をついた。
「何がいけないのかな……」
「……フロル様」
思いつめた顔をするフロルに、世話係のリタは慌てた。自分が気づかぬ間に何かあったのだろうか。この城に来たばかりの時は痩せ細っていたフロルも、二月が経つ頃には健康な状態に回復していた。それなのに、再び祖国に出かけて戻ってからは、明らかに顔色が悪い。
フロルと一緒にアルファがやってきた時はぎょっとしたが、伴侶だと知ってほっとした。そして、伴侶のレオンは横暴でも傲慢でもなく、使用人たちに対する態度も穏やかだった。あんなアルファもいるのかと皆で驚いたぐらいだ。
リタは、あっと思った。もしや、フロルはレオンの事で悩んでいるのではないだろうか?
「フロル様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん?」
「何か、胸に秘めたことがおありなのでは」
フロルが紫水晶の瞳を大きく瞬いた。
素早く辺りを見回したリタは、バルコニーにいるのが自分たちだけなことを確かめた。大丈夫だと安心させるように囁く。
「……レオン様のことですか?」
フロルの顔がさっと青ざめるのをリタは見逃さなかった。
そうだ、元々フロルは自分たち同様、人界に耐えられずにこの城に逃げてきたではないか。あの伴侶とも何かあったのだ。胸を痛めたリタは、椅子に座るフロルの足元にひざまずいた。
「どうぞ御心を占めることをお話しください。きっとお力になります」
フロルは膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。言ってもいいのだろうかと力なく呟く声に、リタは大きく頷いた。
「しょ、食事の時とか」
「食事?」
「レオンが……しょっちゅう僕に、自分の手から食べさせようとするんだ。今まではそんなことなかったのに」
子どもでもないのに恥ずかしい、とフロルは顔を赤くする。
カイが隣国に出かけてしまい、フロルとレオンは二人だけで食事をしている。給仕はいらないと言われたので、リタは二人の食事中は他の部屋に下がっていた。直接見たわけではないが、思い当たることがある。それは確か、アルファの給餌行為というものではなかったか。愛情表現の一つだったと思う。
「他には?」
「ベッドが一つになったから……。何となく僕は端で寝てたんだけど」
ふっと目覚めると、いつのまにかレオンの腕の中にいる。レオンはぐっすり眠っているけれど、一度目覚めたら気になってもう眠れない。
「何とか目をつぶって眠れたと思ったら、今度は起きた時に必ず、レオンが僕をじっと見ているんだ。そんな時はずっと、動悸が止まらない」
フロルの面やつれした様子からするに、本気で悩んでいるのがわかる。しかし、リタは何ともいえない気持ちになった。年下の自分でもわかることが、目の前の貴人には少しもわかっていない。
仕方なく、リタは言葉を選びながら答えた。
「それは世に多い病だと思いますが……たぶん、自力で治すしかないものだと思います」
「そんなに多いの?」
「ええ、よくある病です。残念ながらすぐに効く薬はありません」
うなだれるフロルに、リタもどうしたものかとそっとため息をついた。
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