1.カイの気遣い

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 カイの城に来てから二週間後、フロルはリタの淹れるお茶を飲んでいた。 「突然、動悸がするのですか?」 「うん。いきなりなんだ」 「……何かお疲れが出ておられるのでしょうか。夜はよくお休みになれますか?」 「それが、眠りが浅くてすぐに目が覚めてしまう」  カイの城は、人から見たら神々が住まうと思うような高い山上にある。雲海が連なる絶景を見下ろしながら、フロルは小さくため息をついた。 「何がいけないのかな……」 「……フロル様」  思いつめた顔をするフロルに、世話係のリタは慌てた。自分が気づかぬ間に何かあったのだろうか。この城に来たばかりの時は痩せ細っていたフロルも、二月(ふたつき)が経つ頃には健康な状態に回復していた。それなのに、再び祖国に出かけて戻ってからは、明らかに顔色が悪い。  フロルと一緒にアルファがやってきた時はぎょっとしたが、伴侶だと知ってほっとした。そして、伴侶のレオンは横暴でも傲慢でもなく、使用人たちに対する態度も穏やかだった。あんなアルファもいるのかと皆で驚いたぐらいだ。  リタは、あっと思った。もしや、フロルはレオンの事で悩んでいるのではないだろうか? 「フロル様、お聞きしてもよろしいでしょうか?」 「うん?」 「何か、胸に秘めたことがおありなのでは」  フロルが紫水晶の瞳を大きく瞬いた。  素早く辺りを見回したリタは、バルコニーにいるのが自分たちだけなことを確かめた。大丈夫だと安心させるように囁く。 「……レオン様のことですか?」  フロルの顔がさっと青ざめるのをリタは見逃さなかった。  そうだ、元々フロルは自分たち同様、人界に耐えられずにこの城に逃げてきたではないか。あの伴侶とも何かあったのだ。胸を痛めたリタは、椅子に座るフロルの足元にひざまずいた。 「どうぞ御心を占めることをお話しください。きっとお力になります」  フロルは膝に置いた手をぎゅっと握りしめた。言ってもいいのだろうかと力なく呟く声に、リタは大きく頷いた。 「しょ、食事の時とか」 「食事?」 「レオンが……しょっちゅう僕に、自分の手から食べさせようとするんだ。今まではそんなことなかったのに」  子どもでもないのに恥ずかしい、とフロルは顔を赤くする。  カイが隣国に出かけてしまい、フロルとレオンは二人だけで食事をしている。給仕はいらないと言われたので、リタは二人の食事中は他の部屋に下がっていた。直接見たわけではないが、思い当たることがある。それは確か、アルファの給餌行為というものではなかったか。愛情表現の一つだったと思う。 「他には?」 「ベッドが一つになったから……。何となく僕は端で寝てたんだけど」  ふっと目覚めると、いつのまにかレオンの腕の中にいる。レオンはぐっすり眠っているけれど、一度目覚めたら気になってもう眠れない。 「何とか目をつぶって眠れたと思ったら、今度は起きた時に必ず、レオンが僕をじっと見ているんだ。そんな時はずっと、動悸が止まらない」  フロルの面やつれした様子からするに、本気で悩んでいるのがわかる。しかし、リタは何ともいえない気持ちになった。年下の自分でもわかることが、目の前の貴人には少しもわかっていない。  仕方なく、リタは言葉を選びながら答えた。 「それは世に多い病だと思いますが……たぶん、自力で治すしかないものだと思います」 「そんなに多いの?」 「ええ、よくある病です。残念ながらすぐに効く薬はありません」  うなだれるフロルに、リタもどうしたものかとそっとため息をついた。
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