2.レオンの苦悩

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 真っ赤な宝石のはめ込まれた二つの銀杯にカイが自ら葡萄酒を注ぐ。飲めるよな、と聞かれてレオンは頷いた。好んで多くは飲まないが、酒に弱いわけではない。隣国の名産だという葡萄酒は芳醇な香りで喉越しがいい。カイはまるで水を飲むように杯を重ねたが、レオンは少しずつ口に運んだ。 「この際だからはっきり言うがな、お前はフロルに甘えすぎ! 構いすぎなんだよ」  酒樽が一つ空いたところでカイにきっぱりと言われ、レオンはむっとした。 「フロルが文句を言わないからって、好き勝手なことをしたらだめだ。あの子は、お前の望みを断れないだろう」 「……無理強いをするつもりはなかった」 「ふん。そうは言うが、フロルはすっかり元気を失くしてるじゃないか」 (だから、思い切って尋ねたんだ。それにしても、自力でしか治せない病とは何だろう)  心配で酒の味がわからなくなる。そんなレオンに、カイが大きく目を見開いた。 「フロルが病? そんな気配はなかったが」 「……っ! 勝手に人の心を読むな!」 「読もうとしてるわけじゃない。近すぎて、勝手に思念が流れ込んでくるんだ」  カイは昔、幼いレオンの魔力で命を救われた。そのために命の根幹にレオンの魔力が入り込んでいる。だが、そんなカイでもシセラでレオンの心を読むことはできなかった。そっと探ろうとしても、まるで霞がかかったように掴めなかったのだ。あれがレオンにかかっていた魅了魔法のせいなのか、今でもよくわからない。 「お前の心がわかったのは、死にかけてたあの時だけだ」  レオンは唇を噛んだ。この竜には恩がある。北の塔までフロルを連れてきてくれなかったら、二度と会うこともできず、後悔の中で死ぬしかなかった。 「……ありがとう。助けてくれたことに感謝している」  頭を下げたレオンに気をよくしたカイは、二つ目の酒樽を開けた。もっと飲めとレオンの杯に勢いよく酒を注ぐ。 「まあ、私も幼いお前に助けられたからな!」 「あれはフロルが願ったからやっただけだ。目の前で死なせたりしたら、フロルが泣くと思って」  成程とカイは頷いた。幼いレオンの一途な想いもまた美しいものだった。いつだって美しいものが好きな竜は、にやりと笑った。 「……お前は全く可愛げのない愚か者だが、フロルへの気持ちだけは悪くない」  レオンは思わず、手元の酒を一気にあおった。  フロルが部屋に戻った時、レオンの姿はなかった。ダナエがやってきて、カイとレオンが酒盛りをしていると言う。酒盛りに加わるかと聞かれて、フロルは首を振った。自分はそんなに酒が強くないし、連日の寝不足のせいか体が怠い。どうやらあの二人は一晩中飲み続けそうだと聞いて、先に休むことにした。  リタがフロルの分の食事を運んでくれたが、一人の食事はひどく味気ないものだった。 (やっぱり、二人のところに行けばよかったな……)  酒が飲めなくても、側にいて話を聞いたらきっと楽しかった。いつもレオンが一緒にいて考えたこともなかったが、部屋がやたら広く感じるのだ。レオンがいたらいたで少しも落ち着かないのに、いなければ寂しく感じる。自分の心なのに、どうしてこうも上手くいかないのだろう。  もう寝てしまおうと寝室になっている続き部屋に入った。すると、ふわりと鼻先に爽やかな香りが漂う。 (これ……レオンの)  深い森の中にいるような清々しい木々の香り。もっとその香りを味わいたいと思った時、フロルの体はかっと熱くなった。 ・~◦~・~◦~・~◦~・~◦~・~◦~・ 昨日の更新前に表紙を変えました。1ページ目に表紙全体の御紹介を入れましたので、まだご覧になっていない方は、ぜひご一読を^^
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