2.王太子の告白

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 フロルは咄嗟(とっさ)に、自分が出て行くのはまずいと感じた。レオンの話し相手は、先ほど侍従が言っていた人物かもしれない。  木の陰からそっとのぞいて見ると、黒髪のレオンの隣に緩やかに巻いた金髪が見える。ほっそりとして華奢な後ろ姿に一瞬女性かと思ったが、聞こえた声は男性のものだった。二人は歩道に備えられた長椅子に並んで座っている。 「こんな気持ちのまま、式を迎えろと言うのか。半年早く生まれたからって、いつも先回りされて、俺の気持ちは二の次だ」 「おっしゃる通りです。いくら優秀でいらしても、殿下のお気持ちにお気づきにならないのでは話になりません」  そう言ってレオンの傍らの男はため息をつき、さっと何かを差し出した。レオンは手渡された包みを開けて、嬉しそうに笑う。 「これは……俺の好物だ。知っていたのか」 「レオン様がお好きだと伺いましたので。ここには他に誰もおりませんから、どうぞお召し上がりを」 「ありがとう。ずっと禁じられていたからな。目にするのも久しぶりだ」  目を凝らすフロルの元に、ふわりと甘い菓子の香りが漂ってくる。あっと思った瞬間、泣き叫ぶ幼いレオンの姿が脳裏に浮かんだ。 (あれはデンスの実の菓子だ……!)    フロルの胸はぎゅっと痛んだ。デンスは硬い殻の中に、ほんのりと甘い実が入っている。よく焼菓子に使われる木の実でフロルたちの好物だった。ところが、ある時からレオンはデンスの実を食べた途端に湿疹が出るようになった。手足が赤く腫れて泣き叫ぶレオンが可哀想で、デンスが入った菓子を見るたびに、フロルはレオンを止めた。 (レオンも、それはわかっているはずなのに)  二人は楽しそうにひそひそと話しては、小さな笑い声を上げる。互いの髪が触れそうなほど近づいて話すなんて、人見知りのレオンからは考えられない。 「お前といるとほっとする。フロルとでは……無理だ」  レオンが呟いた言葉をフロルは聞き逃さなかった。 (……な、んだって?)  あまりの衝撃に一瞬、息をするのも忘れた。 「ここでは何もお気を使われることはありません。どうぞ御心を楽になさって」 「ああ、ようやく自由に息ができる気がする」  軽やかな笑い声を耳にして、フロルは、体がふらつくのを感じた。レオンは今確かに、自分の名前を出した。自分と一緒では、ほっとすることができないと言ったのだ。そっと木の陰から離れて、音を立てずに温室の扉を開ける。中庭の小道を歩き出すと、涙が勝手に頬を伝った。 (……落ち着け、落ち着くんだ。こんな姿を、誰かに見られたらどうする)  婚姻を二か月後に控えた王太子の噂は、密やかに王宮中を走っていることだろう。自分が泣いていたなんてことが伝わったら、大変なことになる。  陽の陰り始めた午後の庭は、風が冷たかった。フロルは、庭園の奥の茂みにそっと隠れるようにしてしゃがみこんだ。 (いつのまにか、レオンに嫌がられていた。僕といることは、レオンにとって少しもいいことじゃなかった……)
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