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フロルの胸に、これまでの日々がよみがえる。王太子とは将来、この国の王になる者だ。故国シセラを導き、多くの民を従える者。その王太子であるレオンを愛し、支え、尽くすようにと、幼い頃から様々な教育を受けてきた。
多岐にわたる勉強に礼儀作法、馬術や武術の訓練。体力がないオメガにもできることをと、家庭教師に相談して必死で鍛錬した。魔力は生来持っていないものを身に付けるのは難しいが、自分の中にある力を増やすことはたやすい。魔石を使って小さな力でも大きく使える方法を編み出した。
フロルは、レオンが好きだった。人見知りで不器用だけれど優しい婚約者。幼い頃からいつも一緒にいて、たくさんの時を過ごした。半年下のレオンとは、王族や貴族が通う王立学園では一年違いになってしまって同じクラスにはなれなかった。それでも、レオンの姿を校内で見られるだけで嬉しかった。
(恋愛とまではいかなくても……ずっとお互いに大切な存在だと思っていた。気持ちが離れていたことに気づかなかったのは、僕だけだったんだ)
目の前で見た二人の親密な様子は、なるほど運命の相手だと言われて納得できるものだった。舞踏会で出会った彼は、僅かな間にレオンの心を深く理解するようになったのだろう。
フロルは、一人で泣いた。自分の存在が少しもレオンの役に立っていない事実は、ひどく心に重かった。
(今まで、僕がしてきたことは何だったんだろう……)
手巾で涙を拭いていると、小道を歩いてくる二人が葉影から見えた。レオンと金髪のオメガは楽しそうに並んで歩いている。そういえば、とフロルは思った。
自分はいつのまにか少し下がってレオンの後を歩くようになった。礼儀作法の厳しい教師からそう教えられたからだが、レオンは不満げだった。温室から出てきた二人の頬は紅潮し、冷え切った体の自分とは対照的だ。共に並んで歩いていくような存在をレオンは望んでいたのかもしれない。
(……レオンの気持ちを汲み取れなかった)
堪えた涙が溢れてくるのを拭って、フロルは急いで馬車へと向かった。
「フロル様! ど、どうなさったんですか?」
「カイ、噂は本当だった。二人は運命の相手同志だ。それに、ぼ、僕はレオンに嫌われていたみたいだ」
「は? 何ですって!」
侍従のカイは、主の言葉が理解できなかった。美しい主の瞼は赤く腫れ、瞳からは、いくつも涙がこぼれ落ちる。
(あのバカ王太子が!)
カイは憤懣やるかたない気持ちだった。自分の大事な主が泣くようなことになるのは、間違いなくあの男のせいだろう。話なんか全部聞かなくても構わない。昔から、あの男が悪いと決まっているのだ。
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