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結局、気の乗らないまま、ずるずると、五井記念病院にやって来た…
正直、長谷川センセイに、会いたいのだが、その一方で、会いたくないような…
そんな矛盾した気持ちで、やって来た(苦笑)…
思えば、32年生きてきて、こんな気持ちになったのは、初めてかも、知れなかった…
まるで、初恋に似ている…
ふと、そう、気付いた…
好きな男ができた…
学校に行けば、会える…
が、
会いたいのだが、一方で、会いたくない気持ちもある…
好きなのに、なぜ、会いたくないのか?
それは、恥ずかしいから…
私が、その男を好きだと、その男に気付かれるのが、恥ずかしいから…
そういうことだ…
実に、矛盾しているが、これは、ありがちなこと…
とりわけ、思春期にありがちなことだからだ…
思春期の男女は、とりわけ、恥ずかしがる…
それは、二十代、三十代の男女の比ではない…
だから、恥ずかしい…
相手が、どう思っているのか、わからないのに、自分だけが、一方的に、好きなのは、恥ずかしい…
そういうことだ…
そして、それが、若さなのだと、思う…
なぜなら、私は、今さら、そんなことを、恥ずかしがる年齢でも、なんでもない…
おそらく、同じ状況になっても、それほど、恥ずかしく感じない…
だから、ずうずうしくなったというか…
歳をとって、オバサンになったと、自分でも、思う(苦笑)…
さすがに、男のひとを前にして、裸になるのは、恥ずかしいが、それでも、十代や二十代前半のときの恥ずかしさは、ない(爆笑)…
つまり羞恥心がなくなったとまでは、言わないが、だいぶ薄らいだとでも、言うべきか?
私は、そんなことを、思った…
そして、そんなことを、思っていると、実は、今、長谷川センセイに会おうとする、今の行動…
これこそが、羞恥心が、薄らいできたというか…
オバサンになった証拠では、ないかと、気付いた…
とてもではないが、十代や二十代では、できない…
そんな大それたことは、できない…
大胆というか…
十代、二十代当時の私から、見れば、ありえない行動だからだ…
天下に知られた五井家の内紛に、自分が、首を突っ込むなど、ありえない行動だからだ…
だから、自分の行動に驚いた…
自分自身で、自分の行動に驚いた…
そして、一方で、そんなものかも、しれないとも、思った…
自分も、若いときには、学校で、男でも、女でも、誰か、特定の好きな相手がいて、それを、周囲の者が、皆、知っている…
それを、見て、笑っていたり、陰で、冷やかしていたりする者が、いたが、今は、それも懐かしい…
歳をとり、ずうずうしくなって、今では、そんなことは、できないからだ…
だから、羨ましい…
ある意味、それができた当時が、羨ましい…
当時の若さが、羨ましい…
そう、思った…
そして、そう思いながら、五井記念病院のロビーで、初診の受付を済ませ、外科の部屋に入った…
長谷川センセイに会うために入った…
待合室で、少し待って、会った長谷川センセイは、いつもと、変わらなかった…
「…お久しぶりです…寿さん…」
長谷川センセイが、言う…
「…こちらこそ、ご無沙汰しています…」
私は、丁寧に腰を折って、長谷川センセイに挨拶した…
「…どうぞ、お座り下さい…」
「…ハイ…失礼します…」
私は、答えて、長谷川センセイの目の前の椅子に座った…
「…どうですか、調子は…」
「…だいぶ、良くなりました…」
「…そうですか…それは、良かった…」
長谷川センセイは、言う…
が、
これは、あくまで、以前、ジュン君にクルマではねられた後遺症のこと…
癌のことではない…
長谷川センセイは、あくまで、交通事故の後遺症の話をしているのであって、私も、その話をしている…
そういうことだ…
そして、長谷川センセイと、そんな話をしながら、わざと、
「…アレ、今日は、長井さんが、いないのですか?…」
と、言った…
事実、いなかった…
この診察室にいなかった…
「…ええ、今日は、彼女は…」
「…お休みですか?…」
「…ええ、まあ…」
曖昧に返事をした…
私は、やはりと、思った…
マミさんの言う、五井長井家…
あの長井さんは、五井長井家の人間に間違いない…
私と会うために、この五井記念病院にやって来た…
この五井記念病院で、叔父の長谷川センセイの元で、看護師をして、私が来るのを、待っていた…
そういうことだろうと、思った…
そして、前回、私と会ったことで、その目的を果たした…
だから、今日は、いないのだろうと、思った…
あるいは、違うのかも、しれない…
そうでは、ないのかも、しれない…
が、
どうしても、そう思ってしまった…
どうしても、マミさんの言葉が、頭にあるからだ…
だから、そう、思ってしまった…
そういうことだ…
が、
私が、そう思っていると、長谷川センセイが、
「…いまどきの子ですからね…」
と、いきなり、言った…
苦笑しながら、言った…
…いまどきの子?…
…一体、どういう意味なんだろ?…
私は、思った…
私は、考えた…
「…センセイ…それは、どういう…」
「…思った仕事と、違うというか…看護師という仕事が、思ったより、激務で、疲れちゃったというか…」
長谷川センセイが、苦笑する…
「…それで、お休みを?…」
私は、聞いた…
「…そういうことです…」
長谷川センセイが、我が意を得たりと、頷いた…
私は、驚いた…
正直、驚いた…
意外な展開だった…
予想外の展開だった…
まさに、思ってもみない展開だった…
だから、どうして、いいか、わからなかった…
これから、長井さんのことを、皮切りに、五井長井家のことを、この長谷川センセイに、聞こうと、思っていた…
それが、あっけなく、出鼻をくじかれたというか…
その話が、できなくなったと、思った…
うまく、その話を切り出すことが、できなくなったと、思った…
…どうしよう?…
…どう話すべきか?…
心の中で、悩んだ…
心の中で、葛藤した…
すると、だ…
長谷川センセイが、
「…なにしろ、お嬢様ですからね…」
と、苦笑しながら、切り出した…
「…看護師という仕事を、甘く見たのかも、しれません…いや、看護師という仕事だけじゃない…なんでも、そう…なんでも、軽く見てしまう…簡単にできると、考えてしまう…」
長谷川センセイが、苦笑しながら、続ける…
「…彼女を見ていると、純粋で、性格もいいんですが、それが、いいことか、悪いことか、よくわからなくなってしまう…」
「…どういう意味ですか?…」
「…苦労知らずというか…あまりにも、世間知らずだから、物事を軽く考えすぎるというか…悩まない…だから、今回の件も…」
そう、言って、苦笑した…
「…もっとも、それは、若い頃の自分も同じかも、しれない…なにしろ、叔父と姪ですから…でも、ボクは、彼女ほど、裕福では、なかったから、違うかな…」
と、苦笑しながら、続ける…
私は、驚いたが、内心しめしめと、思った…
話が、うまく、自分の思う通りに、転がったというか…
自分の希望する展開になったと、喜んだ…
だから、
「…センセイ…彼女…長井さんって、そんなに、お嬢様なんですか?…」
と、聞いた…
わざと、聞いた…
すると、
「…ええ…お嬢様ですよ…」
と、あっさりと、長谷川センセイが、肯定した…
「…寿さんは、ご存じでしょうか?…」
「…なにをですか?…」
「…五井一族…」
「…五井一族が、どうかしたんですか?…」
「…五井は、十三家…世間では、五井十三家と呼ばれている…」
「…」
「…五井は、本家を筆頭に、東西南北の4家…つまり、五井東家、五井西家、五井南家、五井北家…これが、メイン…それ以外に8家あり、その中の一つ、五井長井家のお嬢様です…」
「…エッ?…」
私は、驚いたフリをして、見せた…
ホントは、事前に、マミさんから、聞いて知っていたのだが、わざと、驚いたフリをして、見せた…
その方が、私にとって、都合がいいからだ…
だから、驚いたフリをして、見せた…
が、
長谷川センセイは、冷静だった…
おそらく、私の態度が、芝居がかった、おおげさな態度に、見えたのかも、しれない…
「…寿さんも、ご存じだったでしょ?…」
と、笑いながら、長谷川センセイは、私に聞いた…
が、
目は、笑ってなかった…
少しも、笑ってなかった…
そして、長谷川センセイのその目を見て、わざと、私に、長井さんの正体を明かしたな?
と、思った…
わざと、自分から、長井さんの正体を明かして、私の反応を見ようとした!…
それに、気付いた…
長谷川センセイの目的に、気付いた…
だから、それに、気付くと、
…どうしよう?…
と、思った…
知っているフリをするか?
はたまた、
知らないフリをするか?
悩んだ…
悩み抜いた…
<続く>
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