10人が本棚に入れています
本棚に追加
私の名前はリーズシェラン。
とある国の王女で前世の記憶を持っているけど、大人しく控えめに、穏やかに暮らしていた。……つい先日までは。
先日、弟のアランが血塗られた纂奪劇を繰り広げ、王位に就いた。しかも、その原因が私。
私が他国に嫁にいくのが嫌だから王になりました、って……
引くわー、正直どん引きだわー。
かわいい弟が格好よく育ったと思ったら、まさかのヤンデレになってたなんて! このままじゃあ、私は監禁ルート、弟は正妃をつくらず後継者争いで国は荒廃……
そこまで考えて私はぶるりと震えた。
駄目だ、逃げよう。そう決意した私は、まずその手段を考えることにした。
「姫様、ここはレナード様を頼るべきでは」
腹心の侍女が私の護衛騎士の名をあげる。どこへ行くにしても頼りになる護衛は欲しい。その点、私に忠誠を誓ってくれた直属の騎士――特に、その筆頭であるレナードなら信頼できる。
だけど、私の騎士達はアランが即位して以来、離されしまっている。名目は反乱を防ぐため、とか言ってたけど、単なる嫉妬じゃないかな。
だって以前から私が騎士達と一緒に出かけたりするとあからさまに不機嫌になっていたし。
今の護衛はアラン配下の者。……この人達をどうするかも問題ね。
ちなみに、新しい護衛は殆ど女性なのでやっぱりそういう事かと考えていたりする。
「そうね、レナードなら助けてくれるかも。でも、どうやって連絡をつけるの?」
「それは私にお任せください。伝手があります」
きっぱりと請け負う侍女。頼もしい!
私の護衛……ううん、見張り達も彼女がどうにかしてくれるらしい。私にも何か出来ないか聞いてみたけど、特に何も無いらしい。……まあ、その通りだよね。
「そう……じゃあ、どこに逃げるべきかしら」
「隣国アッシュベルは如何でしょう? 破棄になったとはいえ、第二皇子ユーリ様は姫様の元婚約者。匿ってくれるやも知れません」
「ユーリ様、ね……どうかしら。一度しかお目にかかっていないのだし、流石に無理じゃないかしら」
以前、婚約が決まる前に一度だけお会いしたことのあるユーリ殿下を思い浮かべる。
淡い白銀の髪と鮮やかな碧の瞳が印象的な、貴公子という言葉がぴったりな方だった。
「ですが、姫様。他にと申されても、姉君のティシア様が嫁がれたガディス公国は遠すぎますし……」
確かに侍女の言う通りだった。私の姉の中で他国に嫁いだのは長女のティシア姉様だけ。他はまだ婚約中だったり、国内の貴族に嫁いでいたり、頼りには出来ない。
それに、ユーリ様なら私に利用価値を見いだして大事にしてくれるかも知れないけど、アランと仲の悪かった姉はどうかわからない。
どっちにしろ問題は多いけど……まだ、この国と仲の良いアッシュベルの方がいいかしら?
「……仕方ないわね、取り敢えずはその方向で考えましょう」
「では、資金は念のためにとご用意されていた宝石と装身具で……」
「そうね……あとは……」
ちゃくちゃくと逃亡計画は進む。主に侍女のおかげで。
私だって表向きはアランに従順にしていて油断を誘っているしね。
そして、とうとう決行の夜が来た。
メイドに変装した私が侍女の手引きで部屋の外に出ると、見張り達は皆昏睡していた。
「夕方差し入れた飲み物の中に、遅効性の睡眠薬を混入しておいたのです」
何者なの、あなた!
頼りになりすぎる侍女に恐れを感じるけど、このまま行くしかない。
夜の城をひた走って厩舎に向かうと、レナードが待っていた。
レナードは私には勿体ない騎士だ。頭もよく剣の腕もたち、外見も良い。何故私などに剣を捧げてくれたのか首をひねるくらいだ。
そんな、貴族の娘や若い侍女達にモテモテな彼だが、今は何故かやつれ果て、鬼気迫る勢いで私に近づいてきた。
「姫……っ! お会いしたかった! ご無事ですか? 陛下に、何か無体な真似をされたりとかは……っ」
「ちょ、ちょっと落ち着いて。私は大丈夫よ。それより、あなたの方こそいったいどうしたの?」
いつも冷静な彼らしくない。
まさか、私の護衛だったからって、アランに虐められてたとか? うわー、ないと言えないのが嫌だわー。
「いえ、俺は平気です。……ご無事で良かった、姫」
レナードは心から安心したように柔らかい微笑を浮かべる。ギラギラしていた菫色の瞳が、見慣れた優しい光を湛えた。
そしてすっかり落ち着いたレナードは、馬に私が持っていた荷物を乗せながら、ひそひそと侍女とないしょ話をしている。
「――いいですね? あなたは所詮騎士で身分が……向こうに着いたら……」
「わかってる。俺はただ傍にいられたら……だが、あの人を不幸にするようなら……」
「……ーリ様は決して……」
……うーん、よく聞こえない。いったい何を話してるのかな。はっ、まさかあの二人……!?
私はとある可能性に気付き、こんな状況だけどわくわくどきどきと二人を見守ることにした。
この時の私はまだ気付いていなかった。
優秀な弟、アランがそう簡単に私を逃がすなんてことが無いことを。
そして、元婚約者である隣国の皇子が私に一目惚れしていて、こっそり自分の手の者を侍女として送りこんでいたことを。
……まったく気付いていなかったのである。
最初のコメントを投稿しよう!