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ある町の端に一人暮らしのタエと言う老婆が住んでいた。
タエは、八十過ぎのばあさんで、足腰が弱っていたが介護の手を煩わすことなく暮らしていた。タエは、数年前に夫に先立たれてから、少しボケるようになっていたが、それはたんに老化と言える範囲のものだった。
タエには娘と息子がいたが、彼らもタエのことはほとんど気にかけないでいた。それぞれ家族を持ち、タエにとっては孫たちも存在するが、滅多に会うことがなかった。
そんなタエだったが、日々孤独を感じることなく、暮らしていた。
近所付き合いもほどほど、出かけるのもほどほど。そんな「ほどほど」具合がタエには心地よかったのだ。
そんな『ほどほど』が乱されるのがエイプリルフールの日だった。
なぜか、エイプリルフールの日は煩わしくも、近所の子どもたちにちょっかいを出されてしまうのだ。放っておけばいいのに、つい相手のペースに乗ってしまうのだった。
『今年こそ、ちょっかいには乗らないで乗り切ろう』
タエはそう心に誓っていた。
四月一日になった。
タエにちょっかいする子どもたちは小学五、六年の子になっていた。彼らがもっとちびの頃から、何かとからかいのネタになっていたのだが、年が上がるにつれ、笑えないいたずらになっていた。
昨年は、道を歩いて買い物に行く途中、子どもたちに呼び止められた。振り返ると、
「ばあちゃん、お金、落としたよ」子どもの一人が言った。
「えっ」
「ほら。これ」子どもはタエにお札を見せた。一万円だった。
「ばあちゃんの後ろにいたら、ポケットから落ちたのが見えたから、ばあちゃんのでしょ」またほかの子どもが言った。
「落としたかね…」タエは、財布に入れず、お札をむき出しで持って出たのかどうか、記憶がはっきりしなかった。だが、親切に子どもが拾ってくれたのだから、間違いないだろうと思った。
「そうかい。ありがとうよ」タエは、見知らぬ子どもたちでもないので、そのお札を受け取り、ポケットにしまった。子どもたちに、笑顔を返して、また買い物に向かっていった。
いたずらだと、その時気付けば良かったのに。タエは本当に親切な子たちと、瞬間的に信じたのだった。
スーパーでレジで清算をする時、ポケットに一万円札があったと思った。財布を出す煩わしさから咄嗟に、さっき受け取ったばかりの一万円札で払おうとした。すると、
「お客さん、これ、お金じゃないですけど」
「えっ」
「ほら、これ」と店員は一万円札をひらひらさせた。
「おもちゃのお札…」
タエは、その時に子どもらに騙されたと、エイプリルフールのからかいになったとやっと気づいた。
恥をかいたタエは、身体中、燃え上がりそのまま、炎の化身となりそうな感覚に見舞われていた。
とは言え、レジにいた店員はこのおばあさんは、エイプリルフールでなんかいたずらされたのだろうと、暖かく見守っていた。
「何かの、間違いですよね。よくあることです」店員の言葉に我に返ったタエは
「はあ、すいません。目が悪くなってどうしようもない。孫のいたずらやね」
レジをそそくさと終え、スーパーを後にした時、いたずらした子どもらがちらちらと隠れるように佇んでいたのが見えた。タエの後をつけていたのだろう。
タエは、また怒りが湧いてきたが、もう放っておくことにした。
タエは、昨年のことを思い出すと今でも、腹立たしいのだ。もう、今年は引っかからない。平穏なエイプリルフールを迎えるに尽きるのだと。
タエは、午後をゆったりと家で過ごしていた。日が暮れかけた頃、そろそろ晩御飯の準備をしなくてはと思い、冷蔵庫のなかを覗いてみた。
「買い物に行かなくては、何もないねぇ」タエは独言た。
だが、家にいた方が良いかも、と思い直した。昨年、買い物にいく途中、エイプリルフールのひっかけを楽しみにしている子どもらに出くわしたからだった。
「今日は、誰にも会いたくないねぇ。ごはんをお粥して食べよう。それで、がまん、がまん」タエは心のなかでつぶやいた。
その時、ドアフォンが鳴った。
ピンポン ピンポン ピンポン
ピンポン ピンポン ピンポン
「うるさいねぇ」タエは、放っておこうかと思ったが、あまりにしつこく鳴り続けるので、仕方なく立ち上がった。
「どなたですか」
「郵便です。速達が届いてますので受け取りをお願いします」
「はい、はい」と言ってタエは玄関のドアを開けた。すると、、
続く
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