6.50歳 ~その3~

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「ここかぁ」  成美がそう言って、両手を伸ばし、思い切り深呼吸をしている。  その姿が、博美と重なる。  昨日の夕立のおかげで、空気は澄んでいて、真っ青な空に山並みが映える。  この時間に来たのは初めてのせいか、それとも夏の日差しのせいなのか、景色が明るく煌めいて見える。 「私、就職するまでの何年かは、小田原に住んでたんですよ」 「そうだったの?」 「はい。母が実家で療養することになって、一緒に引っ越してきて」 「うん」 「でも、ここに来たのは、今が初めてです」  と、成美は目をきらきらさせて遠くを眺めながら、 「いい所ですね。気に入りました」  そう言って、もう一度深呼吸をした。  少しの間、二人は静かに景色を眺めていたが、 「あ、そうそう、お母さんからの伝言です」  と、成美が思い出したように、 「 “奥さんを大切にしてくださいね。裕也さんなら大丈夫だと思うけど” ですって」 「……うん。分かった」 「素敵な方ですよね、薫子先生」 「えっ、北川さん、知ってるっけ?」 「はい。5月に一度、奥さんのいる教室に代講で行った時に、挨拶だけしました。いつかちゃんとお話してみたいなって思ってるところです」 「そっか。それじゃあ、今度は3人で来ようか?」 「えっ?ここにですか?」 「うん」 「それは止めときましょうよ」 「どうして?北川さんも気に入ったんじゃないの?」  成美は、優しく微笑みながら首を振り、 「ここは、お母さんの初恋の人との思い出の場所だから……」  と言って、博美の眠るお墓の方に視線を向けた。 「あぁ……確かに」 「その代わり」  成美が笑みを裕也に向け、 「今度、ディズニーランドに行きませんか?」 「ディズニーランド?」 「はい。私、行ったことなくて」 「じゃあ、娘とその彼氏も一緒でもいいかな?」 「もちろん。私も、彼氏連れてきますね」  二人はそう言って笑い合ったのを潮に、夏の明るい日差しの中、欅の丘を後にした。         (完)
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