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「実は、俺もそうなんだ」
「えっ、そうなの?」
「うん」
「なんだ、そうだったんだ。初瀬川くんこそ、楽しそうだったから、好きかと思ってたよ、こういうの」
博美は笑ってから、急に真面目な顔になり、
「あっ、ごめん。じゃあ、早く帰りたいよね?」
と言って立ち上がる。裕也は慌てて、
「いやいや。そんなことないよ……って言うか、俺の方こそ、園田さんを引き止めちゃってごめん……」
裕也も立ち上がって、すまない、と言うように両手を合わせる。
博美は首を振って、
「初瀬川くんとは、話したかったから」
と微笑んだ。裕也はホッとしながら、
「園田さん、裕也、でいいよ」
「……?」
「呼び方。初瀬川って、すごく言いづらそうだから」
と笑った。
若干、舌足らずな喋り方の博美は、『はつせがわ』が本当に言いづらそうだったのだが、本音は、
(名前で呼ばれたい)
だった。
「えーっ、恥ずかしいな」
「大丈夫。俺も裕也って呼ばれる方が好きだから」
「うん、分かった。頑張る。その代わり……」
と、彼女は裕也を見て、
「裕也くんも、博美でいいよ」
「えっ……分かった」
二人は微笑み合う。
いい雰囲気を感じながら、裕也は、中学時代から心に秘めていた博美への想いを、ここから改めて進めてみたくなっていた。
「博美……さん」
「……?」
「また、会えるかな?」
頷いてくれるのを期待した。と言うより、頷いてくれるものと思っていた。
が、彼女は少し困ったように視線を落としたままでいる。
「いるの?付き合ってる人」
恐る恐る訊くと、博美は軽く唇を噛んで、小さく頷いた。
「そっか。じゃあ仕方ないな」
心の中と裏腹に、爽やかに言って、街並みを見渡す。
「……ごめんね」
俯いたままポロッと言う彼女に、
「なんで。謝ることないさ。お互い、もう大学生なんだし」
「でも……」
博美が裕也を見上げる。
「……でも?」
「あ、ううん……」
再び視線を落とした。
少しの間の後、
「じゃあ、10年後」
裕也が明るく言って、博美を見る。
「……10年後?」
きょとんとする彼女に、
「そう。10年後の今日、この時間に、またここで会わない?それならいいだろ?」
「……うん」
彼女の顔に、微笑が浮かんだ。
10年後……30歳の8月15日。
決して堅くはない約束をし、裕也は博美と、丘の麓の別れ道の所で別れた。
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