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(今日もし、ここに来てくれて、付き合っている人もいなかったら……)
そんな期待もあったなどとは、口に出すこともできず、彼女の横顔をチラッと見る。
(まさか子供までいるとは……)
そう思うと、確かに子を持つ母親の顔にすら見えてくる。
(30歳……家庭を持っていても、全然普通なんだ)
改めて現実に気づかされる。
「じゃあ、博美さんは今、仙台に住んでるんだ?」
「うん。旦那の実家の近くのアパート」
「そっか……」
それ以上は訊く気になれず、黙っていると、
「裕也くんは、今も東京?」
博美が訊いてきた。
「うん。大学時代から、ずっと同じアパートに住んでる」
「へぇ、そうなんだ」
「うん。ホントに、学生が住むような安アパート。引っ越すのも面倒臭くて。それこそ結婚したら、なんて思ってるうちに、もう30歳だよ」
苦笑して見せる。
本当は……
(今日、博美と会えて、付き合うことになったなら……)
その先に、新居でも、なんて、うっすら考えていたのだ。
「だから、お金だけは貯まってる」
本音は誤魔化したまま、もう一度苦笑する。と、博美が、
「それなら、一本だね」
「一本?」
「うん。新幹線で」
「あぁ……」
確かに、東京と仙台は乗り換えなしで行ける。しかも、二時間とかからない。
「意外に近いんだよね」
そう言いながら、博美は遠い目をした。
「幸せそうだな」
横顔に声をかける。
博美は、口をギュッと結んでから、
「まぁ……そうかな」
とだけ言った。
少しの沈黙の後、裕也は立ち上がって、
「帰ろっか」
「……そうする?」
「家族、待ってるんだろ?」
「……」
博美は、それには答えず、座ったまま裕也を見上げる。
「何て言ってきたの?家族には」
「中学時代の友だちに、お土産渡してくるって」
「なら、もう帰った方が……」
「……そうだね」
唇を噛んで頷きながら、博美も立ち上がる。
丘を下った別れ道の所で、
「じゃ」
裕也が手を上げると、博美が
「10年後?」
「……?」
「また、10年後に、ここで?」
「あ……」
10年前の別れ際を思い出す。
あの時は、裕也からそう約束を持ちかけたのだった。
「でも……いいのか?」
「いいよ、これくらい。全然いいでしょ?」
投げ出すような言い方の博美に、
「そうだな」
「うん。じゃあね。約束したからね!」
と言って歩きかけてから、もう一度振り返り、
「裕也くんなら、きっといい人見つかるよ!」
そう加え、手を振ると、長い髪をなびかせて去っていった。
夕映えの彼女の後ろ姿が、大学生時代だった10年前と重なった。
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