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3.40歳
「結婚おめでとう」
2014年8月15日。
裕也は、博美に会うなり、そう祝福された。
この日、夕方5時ギリギリに欅の木の下に行くと、博美はもう来ていて、根元に敷いたブルーシートに座り、雑誌を読んでいた。
足音に気づいた彼女が顔を上げると、すぐに裕也の左手の薬指を捉えたのだ。
「ありがとう。早いね、気づくの」
「いやいや。一応気にしてたから」
「え?」
「10年前、最後にあんなこと言っちゃったから」
と顔を顰めて見せた。
それなら裕也もよく憶えている。
『裕也くんなら、きっといい人見つかるよ』
別れ際にそう言われたのだった。
「いい人が、キミだったら良かったのに……」
夕日に向かう彼女の後ろ姿に向けて、そう呟いたのも、昨日のことのように覚えている。
「ねぇ、どんな人なの?」
「えー……」
照れながら、裕也もブルーシートに腰を下ろす。
そして、博美に訊かれるままに、話していった。
*
塾講師が仕事の裕也は、同じ教室にアルバイト講師として入ってきた、薫子という女子大生と、よく話すようになった。
教科も同じ数学。
大学1年生。講師のバイトを始めたばかりの彼女は、何かと裕也を頼った。
週3日、就業時間が同じことも追い風になった。
夏休み前の最後の授業が終わった帰り。
2人で駅への道を歩いていた時、
「裕也先生……」
薫子が、思い詰めたような声で立ち止まった。
彼女は裕也のことを、わりと早くから『裕也先生』と呼ぶようになっていた。
「なに?どうかした?」
「ちょっと相談してもいいですか?」
薫子が、深刻な表情でそう言うので、裕也もドキドキしながら、
「いいけど、時間大丈夫なの?」
「はい。終電までは1時間ぐらいあるんで」
彼女は東京の郊外の実家から通っている。
「分かった。じゃあ、そこでいいかな?」
「はい」
裕也が指差したのは、道沿いの喫茶店。
静かに集中して授業の準備をしたい時などに使う、昭和ノスタルジー漂う店だ。
「へぇ……なんか落ち着きますね、ここ」
座るなり、薫子がそう言って店内を見回す。
「だろ。ここに来ると、気持ちが安らぐんだよ」
レンガ調の壁。
ダークブラウンに統一された、テーブルとソファー。
抑え目の照明にクラシック。
夜遅くまでやっているので、仕事の疲れを癒すのにもちょうどいい。
「居酒屋とかじゃなくて、良かったんですか?」
「ははは。君はまだ未成年だろ?」
「大丈夫ですよ。その時は私、ノンアルにしますから。あ、でも、お気遣いいただき、ありがとうございます」
ペコッと頭を下げる薫子は、素直で可愛い18歳だ。
「いやいや。相談なら、静かな店がいいだろうと思って」
と応えたところに、カフェインレスのアイスコーヒーが2つ運ばれてきた。
ストローでひと口すすると、薫子は即、悩み事を話し始めた。
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