3.40歳

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 それは、最近行われた、生徒への満足度アンケートの結果について。  見せてくれた評価シートは、ひとことで言えば、満足か不満かの両極端だった。  それでも、不満は少ない。大部分は満足だと言っていいぐらいだった。 「スゴイじゃないか」 「そうですか?」 「いや、スゴイよ。だって、講師始めて最初のアンケートだろ?十分だよ」 「でも、不満の人も、2割近くもいるし……」 「あぁ、確かにね。でもね、どんな実力のある講師にも、一定数の不満はいるものだよ。それは、期待値が高いことの裏返しだからね」 「裕也先生も、ですか?」 「いやいや、俺は実力派講師じゃないけどさ、でもいるよ。時に面と向かって言われたり」  裕也が笑うと、薫子も笑って、 「それって傷付きません?」 「もう慣れたさ」  そう言って、二人で笑った。  裕也は、コーヒーをすすってから、続けて、 「たとえ不満が無くても、満足も少なくて普通ばっかりじゃあダメなんだ」 「そうなんですか?」 「うん。来て良かったって思ってもらえる授業じゃないと、次から来てくれなくなる」 「あぁ……なるほど。じゃあ、不満の生徒の意見には、どう応えてあげれば……」 「そこが難しいんだけどね……」  と、またコーヒーを口に運びながら、 「でも、全てのレベルの生徒と言うか、ニーズ応えるのは不可能だから」 「……そうですよね?」 「うん。だから、満足と言ってくれている生徒の意見を尊重して、信念を持って授業をすればいいさ」 「はい」  新たな挑戦を始めたばかりの彼女の笑顔は、屈託が無い。  それから都合4年間。  明るく前向きに頑張る薫子と一緒に仕事をし、彼女の成長を支えるうちに、次第に惹かれていったのだった。  そして、彼女が卒業するのを待って、結婚した。裕也が35歳の時だった。  一人の娘にも恵まれた。  手がかからなくなったら、薫子も講師として教壇に戻ると言っている。         * 「よかったね、裕也くん……」  コンビニのカフェを飲みながら聞いていた博美が、しみじみ言った。  裕也も頷いて、 「これで博美さんにも、心配かけずに済むかな?」  博美は、遠くに視線を向け、微かに笑みを浮かべただけだった。  少しの間、二人は黙ったまま夕日を眺めていた。そして裕也が、 「博美さんの方はどう?元気?」 「……うん」  どことなく力ない彼女の声。  何気なく横顔に目をやると、肩にかかる長い髪の中に混じる何本かの白髪が目に付いた。 「疲れてる?」 「……そう見える?」 「あっ、ごめん」  博美は「ううん」と首を振って、 「最近、子供のことで、喧嘩ばっかりで……」  と、抱えた膝の間に額を埋め、ハーッとひとつ溜息を吐く。そして、その姿勢のまま、 「最初から合わなかったんだよ。価値観が」 「……子育てについての?」 「うん。それが一番大きいんだけど、それだけじゃなくて、いろんなことが……」  そう言って博美は、今までのストレスを吐き出すかのように、いろいろな不満を一気に話した。
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